「あ」
「みょうじ」



 この生徒指導室で若菜結人に会うのは何度目だろうか。今年に入って4度目、入学してからはもう数え切れない程。抜き打ちの頭髪服装検査も、予告された検査も全て引っかかってきたあたしたちは、それはもう何度もこの生徒指導室に呼び出されている。


 脱色されてミルクティーブラウンに染められた髪は、光に透けてキラキラと輝き、その存在を主張しているし、大きめのカーディガン―今日はアーガイル柄らしい ―は学校指定のものではない。腰で履いているずり下げたスラックス―いつも派手な柄のパンツが見えてる―に、かかとが履き潰された上靴。いかにもな問題児スタイルを入学してからずっと貫き通している若菜は、慣れた様子で準備されたパイプイスに座った。座った瞬間ギシリと大きな音をたてて軋んだイスは、若菜の意外なガタイの良さを知らしめる。



「(こんなナリで日本代表してんだもんなぁー……)」



 そんな若菜の向かいに座るあたしも、焦げ茶に染色されゆるく巻かれた肩までの髪に、耳にいくつか開くピアス。これまた学校指定ではないカーディガン―今日は気分でワインレッド―を指先を隠すように伸ばして着て、短いスカート―折るのがめんどくさくなって入学式前に切った―という相変わらずの格好で、反省文を書いている。



「あー、もう反省文とかめんどくせぇー」
「だったら髪の毛黒くしたらー?」
「そっちもスカート長くしたらどーですかー?」



 ゲラゲラと笑いながら、若菜は大して中身の入っていないペンケースからシャーペンを取り出して原稿用紙に“2年H組 若菜結人”とでかでかと書いた。



「字、きたな」
「うるへー」



 無印で買ったらしいそのケースは、若菜が乱雑に扱うからかフタにヒビが入っている。前に反省文を書かされたときにもヒビが入っていたから、もう変える気はさらさらないらしい。



「てかさー」
「んー?」
「みょうじそのまま頭検出たの?」
「何が」
「ピアス」
「うん」
「うは、そら捕まるわ」「だって開けたばっかで塞がったらヤだし」
「は?また開けたの?」



 だって奇数個の方が運気上がるって言うじゃん。そうぼそりと呟くように言ったけどホントは、嘘。


 最初は、単純に目立ちたかった。みんなと違うことをして、一人で注目を浴びたかった。周りの友達はすごいともてはやしたし、大人達の反応はなかなか冷ややかだったと思う。


 でも、一番反応して欲しかった大人は、何も気付いてくれなかった。


 いつだって家を空けっぱなしにする父親と、それを受けて自由にやっている母親。時々家族が揃っても家の中はひどく澱んだ空気が充満していて、温かいハズの食事も、ゴールデンタイムのバラエティーも、全部が重く冷たかった。


 娘の変化に気付いて欲しかった。それが例え説教でも罵声でも、何でもよかったから、あたしを気にかけて欲しかった。


 いつしか見た目を派手に着飾ることで正気を保つようになった。中学時代から教師たちからの評判は最悪だった。それでも親たちは何も言ってこなかった。ここら一帯でも頭が悪いと評判の私立高校に入学した。それでも金だけはやたら有り余った状況で、苦言も何もなかった。髪を染めてパーマをかけた。ピアスを増やして制服を着崩した。校内でも1、2を争う問題児になった。


 それでもあたしに関心はなかった。


 怖かった。もしかしたら自分がこの世に存在していないんじゃないかと思った。何事もなかったかのように偽りの家族は営みを続ける、そんな中で忘れられるのが、恐ろしかった。



 でも、ピアスを開けた瞬間は、自分がこの世に生きていることを実感できる。


 開けた瞬間にバチリと脳に直撃するような強い衝撃と、しばらくの間ジクジクと痛み腫れ続ける患部が、あたしは生きてると教えてくれる。


 だから思わずやってしまうんだ。ああ、あたしは今日も生きている。



「これでラストな」
「……え?」



 いつも見るチャラついた若菜じゃない、射るような瞳。何を言っているのかわからない。



「もーピアス開けんのラスト。あんまりムリすんなよ」



 ……ああ、何もかもバレていた。ほんとは誰かに気付いて欲しかった。こんなに苦しいんだよって、助けて欲しいって、ずっと思って、でも声には出せなくて。


 ずっと誰も気付いてくれなかった。それなのに、若菜はこうも簡単に、あたしの思いを酌んで……。



「よし!」
「……?」
「ピアス買いに行こう!」
「は、……え?」
「とびっきりかわいーヤツ!もうそれ以外しなくていーっ!ってくらいの!!」
「!」
「そうすりゃ、もう開けねぇべ?」



 こんなにも、胸がいっぱいで、あったかくて、涙が出そうになったことなんて、今まで生きてきた中で、なかった。


 そうだった。若菜の髪の色は、あったかい、太陽の色だ。







(反省文、どうする?)
(“なまえちゃんと愛の逃避行に行ってきます。探さないでください。若菜結人”…おし!)
(や、よくないから!)



:)20110227




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