例えば、思いきり振り抜いたシュートがゴールネットに吸い込まれて、少しこすれるような音とか。例えば、何枚も付いていたマークをかわした瞬間に聞こえる、焦ったようなDFの声とか。そんな音のように、彼女の声は俺を奮い立てる。昔から、そしてきっとこれからも。





 負けた。


 リーグもすでに後半も後半、第30節はホーム、等々力陸上競技場で鹿島アントラーズを迎え撃った。ナビスコカップを準決勝で敗退したチームの次の目標は、もちろんリーグ戦優勝だ。首位を独走する名古屋を追いかけるのは、鹿島、ガンバ、セレッソ、そして俺たち川崎フロンターレだ。勝ち点差が相当開いてしまっているから、追いかける俺たちに負けは許されない。今までの試合からも、チーム自体に悪い流れがあった訳じゃない。言うなれば、過信していたのだ。鹿島との試合―ホーム・等々力でやった過去10年間の試合は鹿島に負けたことがない。そのちょっとした心のスキに、つけこまれてやられたのだ。


 俺たちは前半20分、ヴィトールがバーに当たって跳ね返ったボールを押し込んだ。鹿島は前半38分、浩二さんが右サイドからのFKをスライディングしながらのボレーで、後半17分、満男さんが中盤で奪ったボールはそのまま俺たちのゴールに吸い込まれていった。


 満男さんに付いていた勇介も、思わず失笑するようなラッキーゴール。それでも、名古屋の独走を止めるために、鹿島は形振り構わなかった。結局このラッキーゴールを鹿島が守りきり、勝ち点3をもぎ取っていった。


 ケンゴさんは誰が悪いという訳ではない、落ち込んでも仕方がない、と言うけど、この試合でリーグ戦優勝は、消えた。





「……一馬?」



 なまえの声でふと現実世界へ引き戻される。何もしてない時間は、いつだってあの試合を思い出させる。あのときもっと前線からプレッシャーをかけていたら、中盤でボールを奪われることはなかったんじゃないか。そうすればリキがもっといいセービングが出来たんじゃないか。考えればキリがない。それくらいあの試合は重要だったんだ。



「あの試合のこと、考えてるんでしょう」
「……」
「ねぇ、一馬。反省するのはいいことだよ。この前こうだったから、次はどうしよう、とか、次は前みたいな攻め方はしない、とか」



 でもさ、となまえは少し俺から目線を逸らして、眉間に皺を寄せた。いつもは輝く瞳が陰る。



「後悔はしないでよ。あのときああすれば、したら、かもしれない。そんなあり得もしないことに縋らないでよ。……あたし、そんな一馬だったら見たくないよ、」



 チームのみんなも、サポーターだって。



 なんでこうも、俺の考えていることはなまえに筒抜けなんだろう。いつだってそうだ。柏からの移籍を迷っていたことも、代表戦での苦悩も、コーチにだってバレてなかったちょっとした怪我も。



「どうしてって思ってるでしょう?気付かない程薄情じゃないよ。誰よりも一馬を見てきたつもりよ?サッカーしてる一馬も、それ以外の一馬だって」



 いつだって、彼女は俺を深い闇から救い出した。英士や結人のように、いつの間にか俺の当たり前になっていたけど、彼女がいたからこそ、抜け出せた闇があった。道に迷った俺の背を、少し強く押してくれるんだ。



「リーグ戦優勝は、もうムリかもしれない。でも、まだやれる事あるじゃない」
「……ACL、出場権」
「サポーターのみんなだって諦めてないのに、そんな中で一馬は諦めるの?」



 諦める?



 雨が降る中、声を張り上げて応援をしてくれる、引退や移籍をする選手の為に、何時間も段幕を掲げ続けてくれる、俺たちの勝ちを後押しして、負けを全力で叱ってくれる、そんなサポーターを裏切れるはずがない。



「裏切れるかよ、」



 あんなに素晴らしいサポーターを、失うワケにはいかない。



「じゃあ、次を見なよ。落ち込んでも仕方ないって」
「あぁ、ケンゴさんも言ってた」



 次の目標を見なくては、サポーターに申し訳が立たない。俺たちを信じて、全てを託してくれる。その分俺たちは走り続けなくちゃいけない。それは決して簡単なことじゃないけど、それでもまだ頑張れる。それはやっぱり、俺の背中を彼女が押してくれるからかもしれない。






(迷ったら背中を押すから)
(優しくなんてしないわ)




:)20101209




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -