「なまえ! なんで連絡くれないのさ!」
「い、忙しいと思って……」
「忙しくてもなんでも! 俺は連絡欲しいって言ってんじゃん!」
「でも……」
「でももだっても聞き飽きたよ! じゃあもう一緒に住も!」
「えっ?」
「もー決定ね! 今日は家探しに行くから!」

 こんな感じで押し切られて、高校時代から付き合っている鳴と同棲を初めて早くも一年。なんでもない二人で食べる朝ご飯ですら、いたずらに緊張していたあの日々がもう懐かしい。
 朝は鳴を起こさないように起きて、ご飯の準備をする。今日は軽くていいかな? なんて考えながらパンをトースターへ放り込む。卵を焼いて、頃合いになったらお皿に盛る。うん、完璧な半熟。言わなきゃ食べない性格だから、朝もサラダは多め。カットしたフルーツとヨーグルト、カフェオレを食卓に乗せる頃、パンが焼き上がる匂いと共に寝癖だらけの鳴が起きてきた。カトラリーはお気に入りのスカイブルー。やけに色にこだわるわたしに「なんでも良くない?」と鳴は言ったけど、「鳴の目と同じ色」と言うと「バッカじゃない!」と少し照れた顔をした。

「おはよう」
「……おはよ」

 その瞳はいつもよりずっと小さくしか開いていない。寝不足かな? と思いながらあのスカイブルーが見えるのを待つ。大あくびのあと、目に少し浮かんだ涙をそのままに席に座る。

「えー、こんなに野菜食べない」
「食べるの」

 親子みたいな会話をしながら、二人で手を合わせていただきます。どれだけ忙しくても、どれだけ喧嘩をしても、食卓では必ず「いただきます」だけはすること。ビジター戦も多く家を空けがちな鳴とのすれ違いしかない二人の生活。無駄な諍いは避けたいけれども鳴のこの性格、勝手に不機嫌になったりも多い。それでも二人で過ごせる時間は貴重だから、同棲を始めた時に二人で決めた約束だった。

「今日は?」
「球団に呼ばれてる。めんどくさいなぁ」
「帰りは遅くなるかな?」
「うーん、夕方には帰れると思うけど」

 夕方までには絶対帰ってやる、とでも言いたげな不満顔。「帰る時連絡する」とまだ眉を顰めながらサラダを食べる鳴。なんだかんだと言いながらわたしの作ったご飯は完食してくれるのだから、そんなところがとても愛おしいと思う。さて、いつ伝えようか、寝癖ひどいよって。


「行ってらっしゃーい……」

 鳴を玄関から見送ったあと、鳴の車が見えなくなるまで、ベランダから手を振るのは、わたしが一人で決めた習慣。少しでも長く鳴を感じていたくて、その姿を探して。いつまでも鳴が笑顔でいられますように。そして願わくばそれを、近くで見させてもらえますように、と。
 鳴がいなくなると、すっかりこの部屋は静かになる。そもそも二人で暮らすには広すぎる家、それに騒がしい鳴がいてやっと明るくなるというのに。ぽつんと残されたわたしだけじゃ、どうにもこの家には居づらくて、もう少しだけ、少し肌寒いくらいの風が吹くこのベランダにいたかった。

「さ、洗濯物でも干そうかな」


 大方の家事が終わって、家から徒歩二分、と言ってもマンションの中にあるコンビニで、肉まんを買った帰りに鳴に会った。思ったより早いお帰りだ。「俺の分ないの? 信じらんない!」とぎゃあぎゃあ喚いているけど、こんなマンションをさらっと契約しちゃうくらい、鳴は信じられないほどの年俸を稼ぐプロ野球選手になった。高校時代からわかっていたことだけど、鳴とわたしの住む世界の違いに驚く。
 当たり前の様に「仕事やめちゃえば?」なんて言われたけど、そこまでおんぶに抱っこになるわけにもいかず、鳴と同棲を始めてからも、まだわたしは今までの仕事をしている。家賃を半分、と言いたいところだったけど、とてもじゃないが払える額でもなく、食費はわたしが全額持つということで落ち着いた。と言っても外食の時は必然的に鳴が財布を出すから、あまりその負担も感じられない(「これぐらいカッコつけさせてよ!」なんて言われた。今でも十分なのに)。

「肉まん、半分ちょーだい」
「えー、鳴の半分大きいんだもん」
「頑張ったカレシにごほーびくれないの?」
「しょうがないなあ」

 笑いながら、鳴の分は大きくしてあげるわたしもわたしだった。こんな些細なことで、さっきまでの機嫌を直して子供みたいな笑顔を向けてくる鳴。それがどうしようもなく嬉しくて、かわいくて、ついつい甘やかしてしまう。高校時代からの悪い癖だ。ここが高校だったのなら、白河くんにお小言の一つでも言われていただろう。
 二人並んでマンションの内廊下を歩く。昔は鳴の後ろを追いかけるように歩いていたわたしだったけど、「隣歩いてよ」と鳴がスピードを落としてくれてから、やっと隣を歩けるようになった。足も、心も軽くなった気がした。

「夕飯何がいい?」
「んー、なまえが作ったハンバーグ!」

 まるで子供みたいなリクエストに思わず笑ってしまった。隣で鳴は「何笑ってんのさ!」とへそを曲げてしまったようだ。「デミグラスにしてあげるから」と言えばころころと表情を変えて、「それが一番好き」なんて言ってくれるものだから、料理も作りがいがある。デミグラスソースの材料、ちゃんとあったよね? なんて、頭の片隅で考えながら。



 ある日鳴から「久しぶりに外でデートしよ」と誘われて、向かった先といえばいつかテレビで見たかわいいカフェ。「いいなあ」とわたしがつぶやいたその一言を、覚えていてくれたことに、どうにも胸がくすぐったくなる。こういうときも鳴は、最低限のサングラスとキャップしか被らない。「別にコソコソする必要なくない?」なんておおっぴらに言うけれども、そんな鳴にほとほと困り果てている球団関係者が気の毒に思える。

「まだ迷ってんの?」
「うーん……二つには絞れた」
「じゃあ二つとも頼めばいーじゃん! すいませーん!」
「ちょっと!」

 こうなったら鳴は止められなくて、気付けばわたしたちの前に並ぶパンケーキとパフェ。「アイス溶けちゃうから先にパフェ食べなよ」なんて呑気に言っている鳴が頼んだものといえば、アイスコーヒーだけ。

「こんなに食べられないよ……」
「じゃあパンケーキ俺食べるから、半分こしよ」

 そう言って鳴が切り分けたパンケーキは、明らかに中心からずれて、半分とは言い難い。いつもの王様っぷりが出たな、大きいのが鳴のか、と思っていたら、「こっちなまえのね」と大きな方を指すきれいに手入れされた指。

「いいの? こっちの方がおっきいよ?」
「いーの! パンケーキとかそんな食べられないし、なまえこれ好きでしょ?」
「……ありがと」

 お互い譲り合うようになったのはいつからだったか。譲り合うということが恥ずかしくてできなかった高校時代、わたしたちは何度も何度も衝突した。もう別れたいと泣いた日もあった。それが今、どうだろう。高校時代のように毎日は一緒にいられなくて、会えないことの方が多くても、こうして変わらず共に暮らしている。子供みたい、高校時代と変わらないなんて嘘で、二人とも少しずつ大人になった。
 鳴といると、あまりの世界の違いに目眩がしそうになる日もある。会えない日に泣くことも、思ったことを言えない日だってある。出逢った時よりずっとずっと、鳴は有名になって、そしてこれからも有名になる。わたしから鳴にあげられるものなんてちっぽけでどうしようもないものばかりだけど、鳴からもらうひとつひとつを大切にして生きたい。わたしのあげた「半分」を、鳴がずっと大切にしてくれているから。鳴からもらうものだったら、この胸の苦しみも、痛みも、大切でかけがえがない宝物。



はんぶんこの
シーソーゲーム


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20200428






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