夏が近付くと、チアリーディング部は途端に忙しくなる。自身の大会が近付くだけではなく、他の部活動の応援スケジュールも段々詰まってくるからだ。強豪がひしめく我が校では、勝ち上がって行く、――つまり盛夏が近付くほどにスケジュールは過密になる。自分たちの練習をこなしながら、その傍らで応援練習もしなければならない。
 部員数の多い稲実チア部ではレギュラーになれない部員も多く、他の部活動の応援を活動のメインとする部員がほとんどだ。しかし部の方針として、たとえレギュラーメンバーであったとしても自身の大会のスケジュールと被らない限りは部活応援には必ず参加することになっている。競技とチアリーディングの本質を両立するこの部だからこそ、わざわざ神奈川から出て入部したのだ。忙しいなんて泣き言が許されない、この環境が好きだった。頭の中をチアのことだけでいっぱいにして、他のことは考えずにいられるから。
 基本的には部活動毎にチームを編成して応援スケジュールを立て、そのスケジュールに則り練習をこなしていくけれど、練習や自分たちの大会で出られないメンバーの調整や、応援する部活の大会規模に合わせてチア側の人数も変動するから、大会によって人を行き来させながら人員調整している。と言っても恒常的に応援チームがあるのはごく一部の部活だけなのだけれど。呼ばれればどこの部活も応援にいくけれど、それでもやはり試合数や規模が大きいのはサッカー部や野球部で、わたしはもちろん、と言ったら良いのか野球部の応援チームに所属している。

「あ〜そうだ!」
「なんですか?」
「野球部の試合スケジュール、確認してなかった!」
「わ、それはやばいです」

 生徒の自主性をナントカ〜、なんて言うのはまったくの方便だと思う。コーチは大会演目の調整や選手のコンディション管理、寮の管理でいっぱいいっぱいだし、顧問なんて形骸化して最早名前だけの存在だ。応援チーム毎にリーダーを決め、生徒自身で管理運営をしているが、何度やっても大変で慣れないのが、スケジュール調整と人員調整だ。大会の規模が大きくなればなるほど、大規模な応援を求めるのが人間の常。特に野球部は常勝を期待されているだけあって、試合を勝ち進むことが多い。その分自分たちの練習や、大会と被る可能性も増えてくるから、その調整は常に悩みの種となっている。

「わたしが野球部のスケジュール確認しますね」
「ありがと〜、じゃあウチの部員のスケジュールと他のチームの余ってるメンバー確認するね」

 チームのリーダーをしている乃々佳先輩と、今後のスケジュールについて話す。乃々佳先輩は、今回の都総体でメンバー入りが出来なかった先輩だ。それでも、「チアが好きだし、応援するのが本職の仕事だから」と言ってサポートに徹してくれている。そしていつも、ややこしいメンバー調整や応援に伴う雑務などをすべて率先して行い、わたしには残った簡単な仕事しかさせてくれない。どうしてここまでやきもきしているかというと、何を隠そう、わたしは野球部応援チームのサブリーダーなのだ。
 今思えば、サッカー部の応援チームにでも入ってしまったら、もっと楽に過ごせたんじゃないかと思うこともある。それはサッカー部の応援が楽だとか、そういう話ではなくて、わたしの気持ちの問題だった。いつだって思い出すのは去年の夏の大会。準決勝で姿を消した青道を稲実側のスタンドで見てしまった。わたしがここにいるということは、そういうことなのだと実感させられた。今年だって、そうなる可能性は大いにある。なんで同じ地区なんだろう、なんで強豪校同士なんだろう、何度思ったことだろうか。そう思ったところでわたしの立場も、純ちゃんの立場も変えられない。こんなこと考えるだけ不毛だ。

「いつも大変なとこばっかり任せちゃってすみません……」
「いいよ〜、結夏ちゃんやることいっぱいで大変だもん。それにわたし、野球部の人とあんまり仲良くないからさ、スケジュール確認するのドキドキしちゃうし」

「あと、わたしが好きでしてることだからさぁ」そう言ってへにゃっと笑う乃々佳先輩を見ると、さっきまで考えていたことがどうでもよくなるくらい、わたしも、みんなもチアが好きな空間にいられることを嬉しく思う。今、稲実にいるわたしに出来ることは、精一杯自分の学校を応援することしかないのだ。それが、チアリーダーとしてのわたしの責任だから。



「神谷くん」
「おー、菅原、どうした?」
「六月以降の野球部のスケジュール、教えて欲しいの」
「あー、チア部」
「そう」

 野球部の子に試合の予定を聞くと、たいていカバンの中で皺くちゃになったプリントを渡されることが多いけれど、神谷くんはどうだろうか。確か去年白河くんに聞いた時は、きっちりファイリングされたスケジュール表を出した上に「コピーすればいい?」なんて聞いてくれて、感動したことを覚えている。まあそんな白河くんは今年は違うクラスだから、こうして隣の席の神谷くんに声をかけた訳なんだけれど。
 足元の大きなエナメルバッグを暫く漁っていたかと思えば、割と綺麗な状態のプリントが差し出される。……意外だ。いや、それは流石に失礼か。何食わぬ顔でプリントを受け取り、その紙面を写真に撮る。コピーするほどでもないし、時間を取ってしまう方が悪いだろうと、いつもそうしている。

「基本六月は練習試合だから、そっちに頼むのは七月以降になると思う。……あ、ちょっと待って」
「ん?」
「練習試合、そこに載ってねぇのあるわ」

「あんま関係ねぇだろうけど」そう言いながらスケジュール表の六月の中旬頃を指さす。六月はなかなか過密スケジュールなんだなあ、そりゃ、大会前だから当たり前か、と思いながら、何の気なしに対戦相手を聞いてみる。かくいうわたしたちも、六月の下旬には関東大会が迫っている。野球部の方で公式戦が入らなくてよかった、それこそわたしたちも過密スケジュールで死んでしまう。

「ダブルヘッダーで……修北と、青道だな」
「青、道」

 嘘だ、そんな、まさか。いや、でも。練習試合だもん。大丈夫。プリントを持った手、指先からそっと熱が消えていくのを感じる。

「どうかしたか?」
「……なんでも、ない」
「……なんでもねぇ、って顔してねぇけど」

 なんでもないって、自分に言い聞かせなければどうにかなってしまいそうな自分が嫌いだ。





いびつなひみつ


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