高校総体が始まった。いよいよだ、ここから今年のわたしがスタートする。この熱気に、この歓声に、ずっとずっと焦がれていた。学校の体育館とはほど遠い、有り余るほどの熱気。普段の練習では感じられない、観客がどよめき、歓喜の渦に包まれるスタンド。演技順は最終、大トリだ。いいじゃない、この緊張感。不死鳥の名をこの場に刻むべく、わたしたちはここにいる。サブアリーナの練習スペースは、人で溢れかえっているが、それすらも気持ちを盛り上げる。「結夏、調子は?」そう笑いかける、隣にいるチームメイトも、心なしか高揚しているように感じる。

「もちろん、ばっちり」

 この場所に立つために、二ヶ月の間辛酸を舐めた。手術を乗り越えた先にあったのは、地獄の様なリハビリ、落ちた筋力アップのトレーニング。傍で見ているしかないもどかしさも全て、この日のためだった。アップで走りながら、冬のあの日を思い出す。痛ましい事故だったと、よく人には言われたが、そんなんじゃない。あれはわたしの驕りだったのだ。子供みたいな全能感で、無理を通して演技プランに入れた技。入学してから急激に伸びた身長。一年間で伸びた身長は約八センチ。体幹も安定せず、リフトの瞬間にもばらつきがあった。今ならわかる、わたしにはまだ早すぎた。あの全能感は、今思えば焦りの裏返しだったのかもしれない。子供だった。いや、今だって子供だけれども。
 イヤホンから流れる音楽は、あの日途中で止まったあの曲。あの失敗を記憶から消すのは容易いことだけれど、それでは決して成長できない。だからわたしはあの曲を聴く。ストレッチをしながらも、脳裏によぎるのはあの日崩れたスタンツのこと。遠のく音楽とチームメイトの声。でもわたしは、あの記憶には囚われない。前に進むために、誰よりも高く跳ぶためにここにいるのだから。

「集合! キャプテン、円陣」
「はい!」

 ここからわたしたちの快進撃が始まる。組んだ肩、チームメイトの身体は熱気に包まれていて、でもそれが不思議と嫌じゃない。あんな大怪我をしたのに、わたしも馬鹿だなあ。結局は戻ってきてしまうんだ。どんなに苦しい練習でも、泣きたいほどの悔しさも、すべてを受け入れてここにいる。みんなそうだ、みんな馬鹿なんだ。だからわたしは今日も跳ぶ。この馬鹿で愛しいチームメイトのために。わたしのすべてを差し出して。

「誰よりも高く! 美しく!」
「Golden Phoenix! ファイ!」





「菅原ー! 取材!」
「はい!」

 二位と四点差。大きなミスなく無事に優勝を遂げた。完璧な演技と言うにはまだ、程遠いけれど、出だしは上々。完璧なんて妥協は、まだ持たない。
 大会で優勝すると、やっぱり取材は多くなる。キャプテンと共にコーチたちの元へ駆け寄る。演技の後だろうと歩いてなんて行ったら、後からコーチにどやされるに決まっている。
 コーチの元へ行くと、複数の記者さんたち。今までにないその数に、少し緊張していると、その中にずっと懇意にしてくれている、『Cheer Up!』の記者さんを見つけて頬も緩む。よかった、たぶん彼女が仕切ってくれる。

「優勝おめでとうございます。菅原選手復帰後初の大会となりましたが、所感を教えて下さい」
「そうですね、菅原の復帰から間もない大会でしたので、確実に決めるところを決めてなるべく彼女の負担を減らせればと思って演技しました。その中でもどれだけチームの魅力を最大限に引き出すか、って言うのは、やっぱり基礎の基礎から丁寧にやることによって、お客さんにも審査員にも、見る安心、……と言うんですかね、そういう安定した印象を与えられるのではないかと思いまして、タンブリングや徒手も指先一つまでこだわって練習を行いました」
「菅原選手は?」
「久しぶりの実戦だったので、少し緊張もしましたが、やっぱりこの……会場の熱気と言うか、お客さんの存在というか……それにあてられたのかな、気分も最高潮でしたし、良い演技が出来たと思います」

 ありのままのわたしを喋った。やっぱり観客の入る試合は最高だ。歓声が地鳴りのように鳴り響くとき、わたしは生きていることを実感する。

「スポッターがほとんど腕を上げていないのも印象的でした。怪我明けの演技でしたが不安はなかったですか?」
「不安はなかったです。リハビリ期間もほぼ同じ空間で練習していたので、そこで意識のすりあわせはだいぶ出来たかなと思います。ずっとリハビリしながらも演技の練習を横で見ていて……、初めての経験でもどかしく感じることもありましたけど。わたしはベースとスポットのみんなを信じて跳ぶだけなので」

 信じて跳ぶ、それだけだった。絶対王者とか、奇跡のトップとか、そんなものどうでもよくて、今はただ、仲間を信じて跳べたこと、それだけが、わたしの全てだった。

「次の関東大会、目標は?」
「もちろん優勝です。ですが、ただの優勝ではなく、全員を納得させる完璧な演技で優勝したいですね。今日の演技はまだ、完璧とは言い難いですし、……ね、コーチ。帰ったら反省会ですよね?」

 そう言ってキャプテンが笑いを誘う。コーチも苦笑いしながら、「もちろん」との答え。今日の演技は今日のうちに振り返る。それがうちの部のやり方。遠慮なく意見を言い合えるからこそ、ここまでのぼって来られた。

「菅原も復帰しましたし、よりパワーアップしたわたしたちを魅せたいです」

 あ、みせるって漢字、魅力の魅でお願いします。なんて言いながら、良いムードで取材が終わる。本当に、このキャプテンは。これだから大好きなんだ。



呆れるほど真っ直ぐに


[ 4/7 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -