家が隣同士で、ずっと一緒だった、所謂幼馴染み。わたしが生まれた時から変わることなく隣にいた存在。何があったってずっと一緒だと信じていた。

 野球少年と、チアリーダーの少女。

 『甲子園に連れてってやる』なんて、そんな少女漫画みたいなこと、昔は何の疑いもなく『絶対ね』なんて言えた。
 けれど今はどうだろう。天地をひっくりかえしたって現実には起こりやしない。

 ヒロインの座はわたしが自分で捨てたんだ。

 

 ヒロインになんてなれない。

 



 

「身体しっかり締めてー!」
「目線! 目線! 顔下向いてるよ!」

 激しい檄が飛ぶ第三体育館。肌寒く感じる春先――まだ四月の上旬だと言うのに、室内は暑いくらいの熱気で溢れかえっている。絶えず流れる音楽と、止まない指導の声は、最早この部の名物とも言える。
 「競技」としてのチアリーディングはもちろんのこと、各部活動の応援にも力を入れているこのチームでは、その華やかな見た目とは裏腹に、ハードなスケジュールをこなさなければならない。
 見る者を魅了する派手なスタンツは、決まれば会場中に歓声がこだまする、チアリーディングの花形だが、一瞬でも気を抜けば大事故に繋がりかねない危険を孕んでいる。そのことを痛いほど理解しているからこそ、コーチからは激しい指導の声が飛ぶのだ。

 ランニングで身体を温めてから、十分に時間をかけて柔軟をする。手の空いているチームメイトに声をかければ、快く返事をしてわたしの背を押してくれた。「結夏は背中押さなくてもべったりじゃん」なんて言いつつも、ストレッチを手伝うその手は真剣そのものだった。何が原因で事故に繋がるかわからないからこそ、事故の可能性を限りなく排除したい。


 ――この二ヶ月は棒に振った。でも、それを嘆く資格なんてなかった。


「今日から菅原が合流! 怪我明けだからまず基本をしっかり決める意識で行こう!」
「はい!」

 コーチの一言で注目が集まる。これは……わたしからも一言ということだろうか。こういうのは少し苦手だ。どこを見るでもなく視線を泳がせて、チームメイトたちに言葉を投げる。

「えーっと……怪我の件では、ご迷惑をおかけしました。今日から復帰です。リハビリ中に体重増えたので、引き続きご迷惑をおかけします……?」

 すると、整列していたみんなが「あんたの増えたはたいしたことない」だとか「まゆちゃんが二kg増えたって!」だとか、そしてそれを否定する声が響いて、規則正しかった列が笑い声で揺れ動く。ああ、こういうところが好きなのだ。いつだって柔軟に物事を受け止めてくれる。こういうチームだからこそ、わたしはここに帰って来ることができた。事故明けからベースに全幅の信頼を置いて飛ぶことは難しい。けれどわたしは、彼女たちに恥じないトップでありたいと思った。

「お喋りはそこまで! それじゃあ二チームに分かれてそれぞれスタンツとタンブリングの練習!」
「はい!」

 さっきまで笑っていた一団は、コーチの声かけにすぐさま二チームに分かれる。東京都総体は目前に迫っている。誰もが手にしたいその栄光は、たった一チームの上にしか輝かない。相変わらず切り替え上手なチームメイトは頼もしい。限られた時間の中で、どれだけ演技に磨きをかけられるのか、それはまさしく、自分たちとの戦いなのだ。

 
 稲城実業高校チアリーディング部。赤とゴールドを基調としたユニフォームを纏う『Golden Phoenix』は、野球部に負けず劣らずの実績を誇る、全国クラスの強豪チームだ。全国大会常連校として、大きな期待も背負っている。
 この春、二年生になったわたしは、スタンツで宙にリフトされ、最も高い位置で技を決めるトップポジションだ。神奈川の実家を出て、ここの寮生になってもう一年が経ったのかと思うと、少し感慨深くなる。新学期を迎えれば、じきに後輩たちも入部してくるのだろう。……先輩か。先輩。小さな頃から人の背中に隠れて来たのに、先輩だなんてむずがゆい。あの頃とは違う、と頭を振り、切り替える。
 


 誰よりも高く、美しく。
 部則に違わぬようにと、チアリーディング以外は全て捨ててきたつもり。捨ててきたものが本当に必要なかったのかは、今はまだわからない。

 



ヒロインにはなれない。


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