「…すき」
「え?」


目の前で赤い顔を伏せているこいつは一体誰だろう、と本気で思った。実際、よく知っている奴だ。三年連続同じクラスで、入院していた期間を除いても付き合いは長い。そのサバサバとした性格と誰に対しても変わらないはっきりとした物言いは好感が持てて、比較的話すことも多かった。友達、と言っていい間柄だったと思う。
だけど、俺はこんな奴知らない。


「わたし、幸村のこと、すき」


ああ、と。その言葉を聞いて、俺は分かってしまった。友達だのなんだの思っていたのは俺だけで、こいつはずっと俺のことをそういう目でしか見ていなかった。わざとらしく俺に言い寄ってくる女と大差無い、いや、もっと質が悪い。湧き上がってくる感情は、どうしようもない怒りだった。


「俺は、好きじゃないよ」


口をついて出たその言葉を聞いて、そいつは短く声を漏らし、顔を歪めた。


「悪いけど、俺は俺に言い寄ってくる女子が嫌いなんだ。君は違うと思ってたんだけど、どうやらそれは俺の勘違いだったみたいだね」


俺を映す大きく見開かれた目は次第に潤んでいって、遂に堪え切れなくなったのか、一筋の涙が零れ落ちた。そんな光景さえも、不愉快極まりないとしか思えない。


「……ごめん、なさい」


そいつは最後にそう言って、俺に背を向けて走って行った。これでもう今後一切、俺に近付いてくるようなことはないだろう。清々した、と俺は短く呟いて息をついた。




この感情は、何だろう。
あれからあいつは俺に一切関わらなくなった。あれだけ言ったのだから、それも当然だ。むしろそうなるように願って言ったのだから、必然と言うべきだろうか。
でも。
わざとらしいくらいに俺を避け、俺の姿を見るや否や怯えたような表情を浮かべて逃げるあいつを見て、俺は何故か苛立ちを覚えた。
あいつが俺の居ない場所で俺以外の誰かにいつもと変わらない笑顔を向け、いつもと変わらない態度で接しているのを見て、俺は何故か嫌悪感を抱いた。
この感情は、何だろう。
苛々して誰彼構わず当たり散らす俺を見兼ねたのか、柳が俺でよければ話を聞こうと申し出て来た。溜まったものを吐き出すような怒濤の勢いでその疑問を告げると、柳は心底哀れむような目を俺に向けた。


「その疑問の答えは、幸村が一番理解しているのではないか」
「へえ、面白いこと言うね、柳」
「幸村、お前は、」
続く言葉をかき消して、俺はその場から離れた。頭に響く言葉が、煩い。俺の中に居座るその答えから逃げるように、気がつくと俺は耳を塞いでいた。



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