「アンタむかつく」


病院の屋上で灰色の空を見ていた少女は、濁った目を俺に向けてそう言った。


「アンタみたいなやつ、さっさと死んじゃえ」
「なんだい急に」
「死んだ魚みたいな目してる。否、死んだ魚よりも死人面」


俺と同じ患者服を着て、同じように点滴をつけて、同じように青白い顔で彼女はそう言った。屋上には俺と彼女しかいない。つまり俺のベクトルは彼女に、彼女のベクトルは俺に向いているわけだ。俺は眉をひそめる。どうして見ず知らずの人間にそんなことを言われなくちゃいけないのか。いや、知り合いに言われても嫌だが。


「きみ、誰?」
「アンタみたいなのに教える名前はない」
「…………」


酷い言われようだった。それでも俺は何も言わない。否、言えないのか?心のどこかで彼女の言葉を肯定しているのか?一瞬、そんな考えが頭を過って自分の目を隠そうとしだが、それこそ馬鹿らしくなって止めた。そんな無意味な無限ループをしていた俺を無視して、彼女は続ける。


「テニスの凄い人なんだって?──でも、出来なくなるかもしんないんだって?」


へー。と興味なさ気に彼女はそう言った。どうせ看護師達の話をどこかで聞いたのだろう。ただの噂で、ただの他人事で。そのせいか、彼女の目には同情はなかった。そんな彼女に、なぜか俺の方が目を反らす。灰色の空が俺の世界に映った。泣きたくても泣けなくて、本物の灰みたいにサラサラと消えそうな──気持ちの悪い空だった。それから逃げるように下を見れば、病院の前の通りで社会人が忙しなく歩いていた。少し視線を上げれば、俺が通っている学校も見えた。彼らが羨ましかった。簡単に生きてる人間が、普通にテニスをしてる仲間が。


「私アンタが大嫌い」


その言葉に視線を戻すと、彼女が俺にビシッと人差し指を向けていた。彼女に何かしただろうかと記憶を探っても、初対面なのだからあるワケがない。


「俺、きみに何かしたかい?」
「アンタの存在がうざい」


存在自体を全否定される。一応、初めての経験だった。八つ当たりも甚だしいし、理不尽過ぎて話にならなかった。彼女はそのままカラカラと点滴を引きずりながら、しかめっ面で俺の方に来る。否、俺の後ろにあるドアの方に歩いてくる。


「だから──私のところに来んな」


すれ違った瞬間彼女はそう言って、何もなかったように屋上から出ていった。屋上に残された俺は、灰色の世界で一人ため息を吐いた。












「隣の病室の女の子が昨日亡くなったそうよ」


見舞いに来ていた母さんからそのことを聞いたのは、次の日の夕方だった。





第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -