※王子跡部×隣の国に嫁ぐ姫











ふわり。
そう表現するには、それは少しばかり重たかった。私の首に纏わり付くそれは、人の暖かみをしていた。


「……殺すの?」


語尾こそ上げ調子に、疑問形で言ったものの、ジワリと力が入るそれが、人の手であることも、何をしようとしているのかも、聞かずとも分かっていた。そして、その手の先に、誰がいるのさえも。
閉じていた目を薄く開いて、その先を睨む。寝ているところに馬乗りをされて、良い気分なはずがない。一体今までどこにいたのやら。靴のまま上がるから、ベッドのシーツに泥がつくではないか。
私は確信犯だと、我ながら思う。汚れると分かっていたから、お気に入りのシーツを避けた。


「ああ、」


月明かりに揺れて、金色が光る。アイスブルーが、私を射抜く。いつも私を包むように抱きしめるように、私を見据える瞳であるのに。
迷いなく頷いたつもりだろうか。彼の声は少し震えていた。変だ。こんな人ではないはずなのに。震えた声なんて初めて聞かせてくれた。


「ふーん…」
「何だよ、焦らねぇのか?」



不敵に笑っているんだろうか、この男は。暗くて分からないが、きっとそうだ。この声色のときは、そうだ。得意げに口を歪めている。たまに見せるその表情は、割と好きだった。
声の震えは、そのまま。この男は何をしに来たのか。私を殺しに来たんだろうに。何を、怯えることがあるのだろう。


「いつもみたいに、騒がねぇのか?」


グッと力が入った。ああ、苦しいな、離せ。目だけでそう伝えてみた。口にするのはシャクである。
彼ならば、分かるはずなのだ。ずっとずっと、ずっと、私の傍にいたのは、貴方ではないか。私を見ていたのは、貴方ではないか。それは、自惚れではなかったはずだ。
さあ、その手を、離せ。


「……死んじまう前に、何か言うことはねぇのかって、聞いてんだよ」


力は、そのままだった。痛い。


「何とか言えよ」


「何も」
「強情だな」
「別に…」


言いたいことがあるのは、きっと、貴方のほうのはず。


「何を言って欲しいの?」


やはり、私は確信犯だ。分かっていながら、私はこうして彼に問う。彼の欲しい言葉を知りながら、私は決して口にしなかった。手に掛かる圧力が増す。声が出ないくらいには、苦しい。爪が当たって痛い。沈黙が続いた。アイスブルーの瞳は、悲しいくらい私しか写さない。今までも、これからも。


「……―――えよ、」


痛い、苦しい、苦しい。ああ、死んじゃうよ、私。何も言えない。


「行きたくないと、言えよ、おい」


嫌だ。言わない。


「あんな男には、何もない、お前を幸せに出来ないだろーが」


何と言われようと、それを肯定するわけにはいかなかった。明日に、嫁ぐことの決まってしまった私が、ここで何を言う訳にはいかないのだ。私は受け入れるだけだ。ここで貴方と過ごした日々も、今は何も価値を持たない。家族を護るために私は、あの富と力だけの空っぽの男の元へ、行く。何も、不満などない。
絞められた首を、懸命に横に振る。貴方にここで殺されるなら、貴方が殺してくれるなら、何も、不満などない。


「――っ、縋れよ、殺すな、死にたくない、と」


薄暗い部屋が、月明かりに照らされる。彼のブロンドに近い、茶色い髪が翻る。窓が開いていた。



「何とか、言えよ、」
「どうぞ」
「あ?」
「殺、して」


苦しいから、あんまり強い声ではなかった。だけど、私が確かにそう言えば、彼は目を見開いた。


「景吾、」


そうだなあ。うん、確かに、あの男とじゃあ、私は幸せになんてなれないのかもしれない。そりゃあそうだ。明日やってくるウエディングより、今日ここでやってくる、死を選んでしまうのだから。貴方に殺されることを、殺しに来てくれることを、どこかで望んでいたのだから。
首を絞めていた手が、ゆっくりと力を失う。代わりに、ポタポタと、私の頬が濡れる。


「縋れよ、請えよ、そうでないと、俺様はお前を、お前を、殺す他、ねぇだろーが」


不器用だね、そう言うと、自嘲気味に口を歪めて笑った。


「俺は、どうすりゃ良かったんだよ、」


今だに首から離れない手が、私に行くなと叫んでる。












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