俺が一年生の頃、一つ学年が上である彼女のクラスでいじめが起きた。いじめと言っても、たかが中学生。無視をしたり、物を隠したり、その程度だった。しかしいじめは、された側がいじめと思えばいじめだ。
それを知ったのは、彼女からそんなことがある、と言われたことがきっかけだった。


今、クラスでいじめがあるんだよね。
……そうですか。
どうしよう。
あなたがどうにかすればいいんじゃないですか?


今思えば、軽はずみな発言だったと思う。だが、彼女をあまり知らないときだったし、親しくないときだったから、冷たく発言してしまったのだ。
そのとき、あの人は分かった、とだけ言って、どこかに行ってしまった。
その後、いじめはなくなったと彼女から聞いた。急にどうしたのかと問うと、決まって彼女は「さあねえ……分かんない」と言った。
しかし、ある日図書室で上級生の会話を聞いたとき、俺は耳を疑った。


『確か………が、いじめ止めたんだよな?』
『そう。本当すごいよねー』


あの人が止めた?いじめを?いじめがなくなった訳を聞いても答えなかった理由を、ここで初めて知った。
その後、いじめの話はぱったりとなくなり、彼女の笑顔が消えた。どういう訳か知らないが、あの人からぱったりと笑顔がなくなったのだ。理由を聞いても、何も言わない。何を言っても、あの人に届くことはなかった。唯一、俺があの人の頭をなでたときだけ、微笑んだ。たった一回、それだけだった。


前はもっと笑っていたでしょう?
……別に、いいじゃん。笑わなくたってさ。
何かありましたか?
何もなーい。


この会話の二日後、彼女は学校の屋上から飛び降りて死んだ。花壇を囲う煉瓦に、思い切り頭を打ち付けたらしい。それがなければ、生きていたかもしれないと聞いた。
彼女の死からさらに三日後、クラスメートへのいじめを止めた代わりに、彼女がいじめられるようになった、というのを、向日さんから聞かされた。知っていたなら、なんで止めなかった、と言えば、だってこえーじゃん、と言った。
そんな怖いものに立ち向かって死んだあの人は、じゃあ何なんだ。
彼女が死んだ花壇に行ってみた。煉瓦に小さく残る血痕が痛々しい。


『分かった』
『何もなーい』


あの人は俺に助けを求めるどころか、ヒントさえくれはしなかった。くだらない話なら、嫌という程していたのに。と、ここでようやく分かったのだ。あの人の性格を。他人のために何かをするなら、命さえ惜しまないが、自分のことはまるで無頓着。しゃがみ込んで、煉瓦に付いている血痕を指でなでた。冷たく固い血痕は、指でこすったところで落ちるものではない。


「ふざけるな」


拳を握りしめ、思い切り煉瓦を殴った。手の甲からは血が流れる。彼女をいじめた奴ら、見て見ぬふりをした奴ら、そして何も言わなかった彼女。俺はこのとき、彼女の性格と世界の冷たさの両方を思い知らされたのだ。







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