ゆらりゆらり、視界がもやがかかったように霞む。体が、鉛を着けたままのように重い。それだけじゃない。ひどく吐き気もするし、ガンガンと響くように頭痛がする。霞む視界に入る空はあまりにも殺風景で、白と灰が折り重なった絵の具で塗り固めた様だった。その殺風景な空はいつもの透き通った色とは駆け離れていて、今にも雲の隙間から槍のように雨粒が飛び出してきそうだ。今の空模様はまさしくわたしの心境を現していて、更に気が沈んでしまう。どうして今さらこんな気持ちなんかに振り回されているのだろうか。自分の愚かさに嘲笑がふつふつと沸き上がってくるが、頬を伝った涙でついに感情が壊れてしまったのだと察知した。すると、偶然と形容するには出来すぎたように、空を灰色で覆っていた雲から、わたしが泣いたのとほぼ同時に、水滴が降りだしてきたのだ。初めはわたしを慰めるかのように髪を撫でながら優しく降っていた水滴が、次第に肩を突き刺さすような強さに変わってしまった。ああ、そうか。天気すらわたしを見放してしまったのか。そう頭の中で漠然と考えながら、崩れ落ちるように公園のベンチに凭れれば、雨の降りしきる音すらも遠退く気がした。本降りになった雨に濡れ、肌にまとわりつく制服の布がやけに冷たく感じ、無意識のうちに身震いをしてしまったのは仕方ないだろう。

報われない、そんな表現がまさにぴったりの恋だった。今もこの先もただ、いくら掴もうとしても、掴めない蜃気楼に手を伸ばすように、虚無で切ないだけの辛い代物でしかないのだ。諦めがつけばどれだけわたしは救われるのだろうか。いくら考えてもその解が出てこないのは、彼があまりにも優しすぎるからなのだろう。きっと、彼がこんなにも優しくなかったら、わたしはとっくに吹っ切れていたはずだ。彼、柳くんとわたしは三年間クラスが同じだった。初めはずいぶんと博識なんだなあ、としか思っていなかったのに、いつしか気付いた時には彼ととても仲良くなっていたのだ。彼とは価値観が同じで、話しているこちらとしても、気を許せる唯一の男友達であった。しかし、ある日突然わたしの中の、仲の良い男友達というレッテルが、違う気持ちへと変化してしまったのだ。放課後のテニスコートでひたすら休むことなく、自主練する彼の開かれていた眼が、いつになく真剣だった。達人や参謀と呼ばれるほどの実力がある彼の、あの表情はわたしは一度も見たことがなかった。その姿を偶然目にしてしまったあの日から、胸の奥から込み上げるような動悸が、彼を見る度にわたしに襲いかかってくるようになったのだ。

初恋は叶わないというどこかで訊いたフレーズは、この頃すっかりわたしの頭から抜けていた。一秒でも長く、彼と話していたい。そんな思いが、着実に少しずつ貯まっていった。外見だって、あまり興味がなく疎かった流行のファッションをチェックしてみたり、髪の毛のケアに注意してみたりと、本当にいろいろな事を試したのだ。けれど、わたしのその努力は、所詮無駄でしかなかった。柳くんは、わたしではなく、わたしの親友に好意を抱いている。そう事の真意をわたしに伝えたのは、あろうことか彼自身だった。いつも通りの会話の中で、ふと彼が彼女に恋人はいるのかと聞いてきたのだ。その瞬間まだわたしは、データの一環なのだろうとしか、思っていなかった。しかし彼の表情をみれば、あの日の、わたしが彼に魅せられた時の表情をしていたのだ。いつになく真剣な眼差しと、よどみない口調。彼の表情を見なくとも、冗談でいっているようには思えない。ああ、そうかわたし、失恋したんだ。

気付けば、土砂降りの雨をもたらした黒雲は消え、すき間から澄んだ空が映し出されていた。周囲が薄暗く、数多の星たちが輝いている。もう七時を過ぎただろうか。でも、今はそんな事はどうでもいい。どうしてわたしは、彼を嫌いになれないのだろうか。きっと理由があるとすれば、彼があまりにも優しすぎるからだろう。わたしの名前を呼ぶその声が、耳にこびりついて離れない。お願い、もう嫌なの忘れさせて。すると、枯れたはずの涙が一筋こぼれ落ちたのと同時に、星が流れた。





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