世界で誰かが生まれれば世界のどこかで誰かが死んでいる。つまりは世界は常に均衡を保っている。誰かが何かをすれば誰かがそれと対になることをしたり受けたりしていると言うわけだ。
読みかけの本をパタンと閉じて本棚から新しい洋書を取り出して適当なページを開いて読めもしないドイツ語に目を向けた。ソファーのギシリと唸るスプリングを耳に入れれば隣には深い蒼の双眼の持ち主が隣に座っていた。


「よぉ」
「跡部…」
「お前ドイツ語読めたか?」
「読めてないけど。」
「ならこんな本読むなよ」


楽しそうに隣で私の本をパラパラめくる跡部の顔をそっと盗み見た。艶めいた髪の毛が綺麗な睫に縁取られた目を隠している。彼は本当に芸術品のようだ。
どうした。と私の額に伸びてきた左手には大学生には不似合いなきらきら光るプラチナの指輪がはめられていた。彼はこの大学を卒業したら最愛の婚約者と結婚式を挙げるらしい。私はなんだかんだで彼との付き合いは長く出会いは中学生の時だ。だから彼がいかに彼女のことが好きなのも知っていたから私の思いが彼に届くことがないのも昔から分かっていた。


「…今年の春だっけ」
「何がだ」
「結婚?」
「まぁ、な」


やっとだぜ。と幸せそうに笑った彼に胸がチクチクと針が刺さったようだ。こんな素敵な彼に愛しいという感情を向けられている彼女が羨ましい。なんどか会ったことのある跡部の婚約者はとっても可愛くて気さくでそれでいて気取らない人だった。美男美女カップルと呼べるようなオーラが漂っていて。跡部が彼女以外見れないのも納得してしまった。彼女が漫画に出てくるような嫌みったらしい人だったら私は少し救われたのに。
醜い感情を全て覆い隠すようににへらと作り笑いを浮かべた。


「私もちゃんと式に呼んでよね」
「勿論だ」
「…彼女さん泣かせたら怒るよ」
「分かってる」


彼女さん。ごめんなさい。
跡部の心があなたのものだと言うことには変わりはないから。変わりはないから。彼があなたのことを話すときの少年のような無邪気な瞳の顔だけは私に譲ってください。
こんな歪んだ恋しかできない私は端から見ればかなり滑稽であろう。私の恋愛の捌け口はこれしかないのだから。
誰かが死ねば誰かが生きる。誰かが笑えば誰かが泣く。誰かが幸せなら誰かがその幸せを幸せそうに見送らなければいけない。世界はこうして均衡を保っている。そしてそれは皮肉なほどに崩れようとはしない。
彼の少年のような瞳は今年で見納めだ。



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