鳴らない、
先輩が大好きだった曲。いつだったか先輩はわざわざ持ってきた日本のインディーズバンドの歌詞カードを広げ、裏面の英詞の和訳を俺に読ませた。妙に臭い台詞ばかり並べられたそれに日本のバンドはこんなものを歌っているのかと小馬鹿にした記憶がある。けれど先輩は何度も俺にその曲を聞かせ、果てには携帯へのダウンロードをせがみ、勝手に着信へと設定した。そのときの笑顔はまるでお菓子を貰った子供みたいに幼かったことを覚えている。余程印象深かったせいか街中で誰かの携帯から同じ曲が流れるとついつい自分の携帯を確認してしまう。もう二度と、鳴ることなんてないのに。それでも俺は今もずっと先輩からの着信を期待せずにはいられない。日記のようなメール、大した用も無いのに電話をかけてきて他愛ない会話をして終える一日。いつしか生活の一部となっていたそれが無くなってしまった今では空っぽの日常だけが残っている。


「財前、」
「…………」
「…そろそろ行くで」


道路に面した家と家の間の小さな墓地。毎日毎日気が狂いそうなほど先輩のことを思い出す。現に今一人だったら永遠にこの場所から離れることすら出来やしない。俺も今すぐにでも此処に入ってしまいたい。此処に居る限り俺はきっと自分からこの場所を離れることは出来ない。なら、いっそのこと此処で死んでしまいたいという願いがふつふつと湧き上がる。それすら叶うはずなどないのに。甘いものが好きだった先輩の墓前にはホールケーキが一つ。立てられた蝋燭は16本。今日は先輩の誕生日で、それでも記憶の中の先輩は14歳のままで、俺は15歳になってしまった。灰になった先輩は16歳だけれどこの先何年経ようが何度祝おうともずっと先輩は変わらないままなのだ。俺だけが成長して、先輩の知らない姿に移り変わっていく。俺だけじゃなくい。全てが移り変わって行く。先輩がそれらを見ることは決してなくて、俺たちはもう何も共有出来やしない。記憶の中でしか全てを共有できない。それは全て俺にとって過去であり、永久に先へと進むことはない。自分の意志とは裏腹に、世界が先輩を置き去りにしていく。
記憶の中にしか存在しない先輩の姿を思い出す度に俺はどうにかなってしまいそうだった。そして無気力が襲った後には必ず掻き毟りたくなるような衝動に駆られる。行き場のない感情をぶつける矛先が欲しい。そんな願いの先には俺の全てを受け止め、理解してくれた先輩の姿があった。結局のところ行き着く先は全て先輩で、俺は全てを失ってしまったことに改めて気付かされた。どうしようもなかったのに、俺は自身の無力さを呪った。人間には、人生には、どう頑張ったってどうにもならないものがあると思い知らされた気分だった。俺がいくらもっと色々なところへ行きたかっただとかもっと色々な物を見て、色々な感情を共有したかっただとか思ってもそれが叶うことなど一生ないのだ。どんなに願っても戻ることは出来ない。ほんの一瞬ですらこの先を共有することはできない。
だとしたら俺は何のために生きているのだろうか。子どもながらにこの先を共に歩んでいきたいと心から願った人がいなくなってしまった。彼女はもう何処にもいない。どれだけの時を過ごしても、そこには彼女も生きる意味も存在しない。
寒空に溶けてゆく吐いた息を見上げる。すう、と消えてゆくそれはあまりにも儚かった。いつか彼女の元へ、そう思ったのも束の間、生きる意味を亡くした今、この瞬間の呼吸は一体誰のためのものなのだろう。
この足取りは、一体何処へと向かっているのだろう。



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