意味などなかった。
私が生まれたことにも、この中学に入ったことにも、こうして私と言う人間が私を認識していることにも。そういった、今起こっている全ての物事に対する意味など、最初から。そう思わないと狂ってしまいそうだった。色々な苦痛に耐えられるだけの心が欲しいのに、今すぐ手に入れるには幼すぎるようで、全部手放してしまった。唯一好きな人も、好きになってくれた人も。神様なんてつくづく想像上の生物だと思い知る。いつも一人だった。一人が好きだった。人の裏側なんて知りたくなくて、誰も傷つけたくなくて、何より私自身が傷つきたくなかった。そうして頑丈な防弾ガラスを隔てて人と会話をしている自分に失望にも似た感情が浮かぶ。知らないふりを続けているのも、面倒くさい。気付かないふりは寂しさに気付いてしまうから嫌い。他人は要らない。そんな私にとって大阪は窮屈なところだ。馴れ馴れしくて、人の領域を土足で踏み荒らして去っていく。きちんと後片付けもしないで。かき乱されたボロボロの心をどうやって修復すればいいのかさえ教えてくれないまま。そうして今日も一人で静かに、やり方すら解らない修復作業を続けた。


「……死にたいなあ」


帰る場所のない私。勉強だけはと頑張ってきたけれど、結局一番を取れた事なんてなく、いつも私の上には天才と呼ばれる、今でも大好きな別れた彼の名前があった。だから止めた。頑張ることも、頑張ろうとすることも。意味のないこと。意味がないこと。そう、お帰りすら言ってもらえないことにだって、意味はない。無性に笑いたくなる。別に痛いわけじゃない。少し関係に問題があるだけで、テレビや新聞で取り沙汰されているような虐待を受けているわけではなかった。それでも私が帰ると母は黙るし、父は目すら合わせてくれないまま自室へこもってしまう。私なんて最初からいないかのように扱ってくれた方がまだマシだったかもしれない。いつからこうなってしまったのか。きっと、私が物心ついた頃からこうだった。
もう一度、ぼそりと復唱する。
すると目前で短い黒髪が揺れた。何時の間にいたのか、今の今まで彼の存在に気付かなかった自分に驚く。困ったな。まだ、修復出来ていないのに。彼は呆れたように息を吐く。


「くっらい顔」
「……」
「もうすぐ期末やけど勉強せんの?」
「…何で」
「最近見当たらんから。自分の名前」


顎で私を指す彼はせっかく治りかけていたところを無遠慮に踏み荒らしていった。だって、頑張ったって誰も褒めてくれないから。どんなに努力したって一番になれないから。それなら最初から何もしない方が楽でしょう。頬を生温かい涙が伝っていく。一度全部を許した彼を前にして、我慢な良い子ちゃんでいられる筈がなかった。


「天才だから、言える事だよ」


私は出来損ない。テニスの腕も、知能の高さも、何もかもに恵まれた君とは違った。一言で表すなら、つり合わなかった。「天才なんかとちゃうわアホ」と、優しい手のひらに両頬を包まれる。泣いているのはわたしの方なのに、彼の手の方が震えている気がしたのはどうしてだろう。滲む視界の中でそっと窺い見た表情は確かに泣いてなどいなかったのに。


「頼むから死ぬとか言わんとって」


ぐい、と少し乱暴に目尻を拭われた。それでも止まらない涙が後から後から彼の指先を濡らしていく。ごめんなさい。嗚咽を耐える隙間から洩れた謝罪が大気を揺らす。軽い気持ちだったのだと伝える為の上手い言葉がどこを探しても見つからなくて、仕方ないからそのまま言ってみたら、また、ただ楽しかったあの頃みたいに「アホ」と叱られた。なあ、と、いつも気だるげにしている瞳が真剣そのものに変わって私に向けられる。彼の言いたいことは何となくわかっていた。そして、それを聞いてしまったら、何もかも崩れるような予感もしていた。解っていて聞こうとしている自分は、彼の言う通りアホなのだろう。もう、戻れないのに。やり直しも巻き戻しも生きていく中には存在しない。何にも脅えずに無邪気に彼の隣で笑っていられた一年前のようには付き合っていけない。それでも、やっぱり彼の隣で笑っていたい、なんて。


「もう一回、俺と付き合うて」





生きていこうかと思います
(今度は絶対離さんし何も我慢せんでええようにしたる。俺が幸せにしたるから俺のために幸せんなって欲しい)
(なあ、ええやろ?)
もう、涙は止まりそうになかった。


project:アイデンティティの確立



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