八神くん誕生日記念1120SS 例えば――いや、いつか必ず来るであろう終わりの時は、俺をちゃんと殺してほしい。 ヘッドホンをして筆を握ると、いつの間にか部屋が薄暗かったなんてことがよくある。集中すると周りが見えなくなるのは、俺の悪い癖かもしれない。 音楽を止め、電気を点ける。 時計に目をやれば、針は5時を指していた。そろそろ夕食を準備しようかと台所へ向かう途中、ケータイがピカピカと光っているのが目に留まる。出間さんからのメールだ。 『今日、ご飯食べに行こうか。終わったら迎えに行きます。着いたら電話するね。』 絵文字1つない出間さんのメールは、最初は彼のイメージから想像が出来なかったけれど、今では慣れたものだ。 軽薄そうに見えて、彼は真面目だ。俺は、彼のそういうところに弱い。所謂ギャップ萌えという奴かもしれない。 緩む口元を抑えることも出来ず、俺はケータイ片手にくるくるとその場を回る。目が回って畳に転がれば、ミシリと悲鳴を上げた。 こんな姿を生徒たちに見られたら気持ち悪がられるかもしれない。そう思うのに、口角は上がるばかりだ。 さっきまで、座っていた座布団で顔を隠す。 あと何回、こんなに幸せでいられるのだろうか。また、失敗するかもしれない。俺だけ舞い上がって、彼の気持ちに気付けないかもしれない。俺は鈍感だから、言われなきゃわからない。嫌われたくは、ない。 グッと座布団を顔に押し付ける。 しばらくそうしていると、軽快な音楽が小さな部屋に響いた。この音は、出間さんだ。慌てて体を起こして正座し、通話ボタンを押す。 『八神くん、着いたよ〜。もう出られる?』 優しい声色に、鼻がギューッと痛くなる。 『八神くん?』 出間さんが、俺を呼んでいる。返事をしたいのに、声を出したら我慢しているものが溢れそうで、俺は唇を噛む。 『どうしたの?』 返事をしない俺に、出間さんは優しく問いかけてくれているのに、俺は返事が出来ない。 ガラガラと玄関の開く音がする。きっと出間さんだ。そのまま足音が近づき、下を向いている俺には、足元が見えた。途端、視界が歪む。 「八神くん」 優しくて大好きな声が、上から降ってくる。ポタリと俺の目から、つい零れた。一旦零れたら堰を切ったように止まらなくなる。 「何かあった?」 出間さんもしゃがんだのか、降ってくる声が近くなる。 「どっか痛い?」 優しく抱きしめられて、そっと頭と背中を撫でられる。出間さんの肩に顔を押し付ける形になった。温かいそこが、俺の涙と鼻水で濡れる。 一頻り泣くと落ち着いてきた。冷静になった頭が、羞恥心を思い出させる。どうしよう。顔が上げられない。鼻を啜ると、出間さんに背中をポンポンと軽く叩かれた。 いつまでもこうしている訳にもいかず、泣いたことによって痛くなった頭を上げる。それでも恥ずかしくて、顔は俯けたままだ。名残惜しいと思いつつもゆっくりと出間さんの腕から離れる。 出間さんは俺の顔を見るなり、ハンカチとティッシュで俺の顔を拭いてくれる。職業病かもしれないが、少し恥ずかしい。 「出間さん」 ボソリと名前を呼ぶと出間さんは返事をして、俺の次の言葉をジッと待つ。 「好きです」 「うん。オレも好きだよ」 頬をそっと撫でられ、俺はその手を握る。 「別れるときは、ちゃんと俺を殺してください」 情けないことに震える声で言えば、出間さんは目を見開いた。重いと思われたかもしれない。 「八神くん。オレはね、将来の事なんてわからないしね。無責任なことも言えないけどね。今、君のこと大事に思ってる。大好きだよ」 コツリと額を合わせ、出間さんはゆっくりと言う。俺は頷くことしか出来なかった。 「誕生日おめでとう」 ちゅっと可愛らしい音を立てて、出間さんは俺にキスをした。 2014.01.01大遅刻ですが、八神くん誕生記念 ← |