3 瞼の裏がオレンジから黒に変わって、ようやく目を開く。俺がビー玉を当てた窓ガラスが割れていて、田沼が床に伏せていた。男も消えている。 「助かった、のか……?」 誰かに確認するように、声に出してみる。ああ、そうだ。そんなことをしている場合ではない。 田沼に駆け寄り、肩を揺らす。声を掛けるとゆっくりと目を開いた。俺を見て、周りを見回す。 「なん、で」 上半身を起こし、擦れた声で、田沼はポツリと言った。 「あのまま、死なせてくれればよかったのに」 今にも泣き出しそうな顔をして、俺を見る。 「……もう無理だって、限界なんだよ」 「なにが?」 苦しそうに、絞り出したような声で言う田沼に、俺が聞き返せば、田沼が俺の胸倉を掴む。そのまま床に引き倒された。強かに後頭部を打ち付け、鼻にツーンとした痛みを感じる。 「わかってるくせに、気付いてるくせに、知らない振りするなよ!」 何を怒っているのか。知らないものは知らないのに、何故それを隠しているみたいな言われ方をしなきゃいけないのか。 「わかんねえもんはわかんねぇよ。大体、言わなきゃわかんねえよ」 「……好きなんだよ。ホントはずっと言わないつもりだったし、隠し通す自信があったんだ。お前にはオレしかいなかったはずなのに、大学生になったら交友関係知らない間に増えてて。オレには、良太しかいないのに」 掴まれている胸倉が、更に強く握られる。床に押し付けられて、胸が圧迫される。苦しいと訴えるように田沼の手を掴むが、力が緩まない。 「だんだん、憎くなって。ホントは、あの墓場で殺してやろうと思ったんだけど、出来なくて。好きだから、出来なかったはずなのに、どんどん殺してやりたくなって。男がお前を殺せって言う幻覚や幻聴まで聞いて、お前を殺す夢を何度もみて」 徐々に力が緩んでいく。それに比例するように大粒の涙が落ちてきた。 きっとその男はあの男だったのだろう。 「なぁ、ほら無理だろ。気持ち悪いだろ。オレももう限界なんだよ。もう、殺してほしい」 懇願するように、田沼は言う。指で涙を拭ってやってもどんどん溢れてくる。そんな顔をしないでほしい。 田沼の頭を胸に押し付けると、身を捩って逃げようとする。 「そんなこと出来るわけないだろ。もうお前は大丈夫だよ。もうあの男はいない。お前は俺を殺さないよ」 顔を上げさせて、目をしっかり見ていってやる。もう終わったんだ。 「それに、気持ち悪くなんてない。正直、お前が田沼の事が好きかっていわれると判らないけど、好きって言われて嬉しかった」 俺の言葉に、田沼は目を瞠る。俺は目が揺れている田沼の目をしっかりと見た。 「もう少しだけ、時間が欲しい。ちゃんと答えだすから。それじゃ、だめか?」 目に溜まった涙をまた指で拭う。 「……わかった」 田沼は小さく頷き、ゆっくりと俺の上から退いた。腕を掴まれ、そのまま引き起こされる。 ふと外を見れば、もう日が沈みそうだった。東の空はもう暗くなっている。田沼の方へと向き直ると目が合った。 「帰ろう」 俺がそう言うと田沼は小さく頷いた。 [戻る] [しおりを挟む] |