愛染 | ナノ




 高等部の校舎には、すぐに入ることが出来た。たまたまグランドに3年間担任だった教師に会い、中に入れてくれたのだ。その時に「あら、上原君も? さっき田沼君も来たのよ」なんて教えてもらった。森のアドバイス通り田沼はいるらしい。
 はやる気持ちを抑え、廊下を歩く。吹奏楽部が自主練をする音や外から運動部の掛け声が聞えてくる。たった数年前のことなのに、遠い昔のような気がして、とても懐かしい気分だ。
 西日が差してオレンジ色に染まった廊下には、自分しかいない。スリッパと廊下が擦れる音が、やけに耳についた。
 踊り場を挟んで階段を6回上って、ようやく3階にたどり着く。階段を上がって横を見れば、1年A組の札が見えた。ここが当時、俺と田沼が生活していたクラスだ。ここで俺はあいつと逢い、あいつと友達になったきっかけの場所だった。
 そっと教室を覗く。白いカーテンが揺れ、少し開いた窓から冷たい風が吹いている。田沼は、教室の後ろの窓側に立っていた。3日前と同じ姿だった。いや、目元には隈が出来ているように見える。
「……馬鹿だな」
 俺と目が合い、田沼は目を瞠って眉尻を下げて笑う。
 馬鹿とはなんだ、と軽口を叩こうとして、結局言葉になることはなく息が口から漏れただけだった。
「帰ろう」
 俺がそういうと田沼は緩く首を横に振った。
「一緒には帰れない」
 なんだそれ。苛立って教室へと足を踏み入れて近づこうとすると田沼は窓の方へと後ずさった。俺が止まると田沼も足を止める。
 俺は教室の真ん中で、田沼は窓側の壁に尻が当たっている。距離にすると3メートルもないくらいだが、机や椅子が障害物になる。もし、もしもだが、窓から飛び降りでもしたら、止められない。
「……じゃあ、俺がいなきゃ帰るのかよ」
 俺の言葉に、田沼は首を縦に振らない。じゃあ、どうしろと言うんだ。
「怖い夢を見た」
 どうしようかと考えを巡らせていると田沼が独り言のように、ポツリとそう言った。
「……良太を何度もなんども殺す夢だった」
 俯いて、消え入りそうな声で田沼は言う。それは夢だろ、と口を開くとそれを遮るように「夢だよ」と言って顔を上げる。顔を顰め、俺と目が合うと表情を隠すようにまた下を向いた。
「夢だけど、怖いんだよ。生々しくて、これが現実になったらって思うと怖い」
 怯えるように、田沼は自身の手を強く握る。
「一度や二度じゃないんだよ。何度も見るんだ。正夢になったら嫌だ」
 そんなに強く握ったら、痛いだろう。手を開かせるために近づいたら、また拒否されるだろうか。
 ふわりと風が吹き、カーテンが揺れる。ふわりと広がったカーテンの中に、何かが見えた。男が、笑っている。墓地で、そして3日前に見たあの男だ。
「田沼、こっちへこい」
 田沼に手を伸ばしすが、首を横に振った。
 男の手が、ゆっくりと田沼へとのびる。焦って近づこうとすると、カーテンの方へと身体をずらした。
「田沼、いいからこっちに来いって! そっちに行くな!」
 俺の怒声に、田沼はビクリと首を縮こめた。顔色を窺うように、俺を見る田沼に手を伸ばす。催促するように声を掛けるとゆっくりと壁から離れる。
 一歩を踏み出すと田沼の肩に、男の指が絡んだ。カーテンが揺れ、田沼が窓の外へと吸い込まれる。
「田沼……っ」
 咄嗟に手を伸ばすが、当然届かない。足や腰に机や椅子が当たる。間に合わない。
 俺の必死な形相を見て、ふっと田沼が微笑する。何を笑っているのか。笑っている場合か。お前、真下はコンクリートだぞ。頭から落ちたら死ぬぞ。解っているんだろうか。
 焦る気持ちをよそに、脳は冷静なのか全部スローに見える。ツッコむ余裕すらあるのに、身体がついてこない。
 もう、ダメだと足元を見ると、ズボンのポケットが少し膨らんでいた。ポケットに手を入れると何か丸いものが指に当たる。それを取り出すと森から貰ったビー玉だった。少し、光っている。手の中のビー玉が、光を増していく。
 笑っている男に、そのビー玉を投げた。ヤケクソだったのかもしれない。
 ビー玉は男に当たることなく、窓ガラスに当たった。その瞬間、衝撃音と共に、ビー玉の光が強くなる。目が開けていられないくらい強い光に、思わず目を瞑った。


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