愛染 | ナノ




 本当に身代わりになるのかとまじまじと見ているとその紙を横から握りつぶされた。何事かと横を見るといつの間にか仁美ちゃんが立っていた。何でと声を上げる俺に、仁美ちゃんは何も答えない。
「余計なことしないで」
 森から受け取った人型の紙が全て破られ、テーブルの上に散らばる。ただのゴミと化したそれを一瞥し、森は仁美ちゃんへと目をやった。睨み合う二人に、俺は声を掛けることが出来ずただ見守る。
「……お前こそなんのつもりだ。もう少し明るい趣味を持ったらどうだ」
 眉間に皺を寄せ、森は吐き捨てるようにそう言った。仁美ちゃんは顔を不愉快そうに顔を歪める。
「あなたに関係ないでしょ」
「お前みたいなガキがどんな趣味を持っていようが関係ないが、この件に関しては関係なくはない」
 一発触発なピリピリとした空気に、俺は息すらまともに吐けない。何だこれは。
 喫茶店のマスターがカウンターからこちらをチラチラと気にしている。女子高生相手に大学生の男二人という傍から見れば、どう考えても俺達が悪いとしか見えないだろう。
「ば、場所変えないか?」
「上原は黙ってろ」
 勇気を出して提案してみたが、森にピシャリと却下された。酷い。
 睨み合う二人を見守る俺、というなんとも奇妙な光景だろう。若干周りの客も俺達の様子を窺っている気がするのは自意識過剰だろうか。
「試してみたかっただけ。誰でもよかったの」
 仁美ちゃんは顔を歪めたまま、そう言った。
 なんだろう。通り魔のような供述だ。誰でもいいなら俺じゃなくてもいいじゃないか。いや、だめだけど。てか、そもそも人を本気で呪っちゃだめだろ。言いたいことは山ほどあるが、俺はそのどれか一つすら声に出来ずただ黙って仁美ちゃんを見ている。
「だったら、上原を執拗に狙う必要もないだろう」
 森の言葉に、俺は頷いて見せる。
「効きやすそうだったから」
 なんだ、効きやすそうって。薬じゃないんだぞ。困惑する俺を尻目に、森はため息を吐いた。
「もう、いいだろ。上原に関わるな」
 森の言葉に、仁美ちゃんは舌打ちをした。思わず仁美ちゃんに顔を向けると、更に舌打ちをされた。
 仁美ちゃんのその悪態を見て、森はため息を吐く。俺が怒られているわけではないのに、ビクリと肩が揺れた。
「上原。腕、借りるぞ」
 森はそう言うと俺の腕を掴んだ。服の袖を捲られ、蕁麻疹のように赤くポツポツなっている腕が露になった。その腕に、ビー玉のようなものが当てられる。冷たいそれに、思わず逃げようとするが、腕を掴まれてそれは叶わなかった。
 何をしているのかと森を見るが、気付いていないのか説明する気がないのか、こちらを気にした様子はない。
 俺にビー玉のようなものを押し付けたまま、ポケットから何かを取り出した。また人型の紙が出てきた。森はその紙に、息を吹き掛ける。
 息を吹き掛けた紙を腕に押し付けられたビー玉のようなものに、さらに紙を押し付けた。紙が、みるみる黒くなっていく。
「何やってるの?」
 仁美ちゃんが声を掛けると森は煩わしそうな顔で一瞥して、口を開いた。
「お前に関係ない」
 そう吐き捨てるように言うと森は深呼吸をした。瞬間、黒くなった紙が、ボッと音を立てて火が点いた。一瞬にして燃え尽き、紙が消えると火も消える。
 森は再度深呼吸をすると、仁美ちゃんへと目を向けた。
「金輪際、上原に近づくな」
 そう森が言う。その声が、何故か二重に聞えた気がした。今のはなんなのか。目を見開いて、森を見ると目が合う。
「たぶん、これで大丈夫だ」
 森がそう言うと、仁美ちゃんはもう一度舌打ちをすると足早に喫茶店から出て行った。
「一応、このビー玉持ってろ。貸す」
 そう言って、俺にビー玉を押し付けてきた。あ、やっぱりビー玉なのか。とか思いつつも、今のは何なのか気になって仕方がない。
「今の、何だよ」
「術を解いた」
 そうなのか、と納得しそうになったが、いやいやそれはいいとして。それだけじゃなくて……いや、もう何がなんなのか解らなくて、俺は口を開くが何を聞けばいいのかわからず、口を閉じる。
「……あと、もう二度と上原に近づかないようにした、はずだ。言霊? みたいな感じか? 言葉に念を乗せてって感じの。……すまん。俺もよくわかってないだ」
 俺の様子に、気づいたのか。珍しく、ちゃんと説明のようなことをしてくれた。まぁ森もよく解ってないみたいだが。
「効いたか判らないから、しばらく持ってたほうがいい。魔除けのお守りなんだ、それ」
 俺の手に収まっているビー玉に視線をやったまま、森は言う。きっと、大事なものなのだろう。無くさないようにギュッと握ると冷たかったそれが、体温が移って生暖かくなっていく。
 その日はそのまま別れ、俺は田沼の家へと帰った。

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