愛染 | ナノ




 モーニングタイムギリギリで、アルバイトらしき店員に少し嫌そうな顔をされる。
 前回と同じ席に座り、コーヒーとモーニングが運ばれてきたところで、向かいに座る森を見た。森は周りを気にしつつ、少し身を乗り出す。
「あの人形のアレは囮だった」
「え?」
「本当の目的じゃないってことだ。本当の目的はお前を呪う事だったんだよ」
「は?」
 森の言っていることが解らず、俺は間抜けな声を上げることしか出来ない。
 つまり、つまりだ。森がいう事が本当なら、仁美ちゃんは俺を呪いたがっているってことだろうか。何なんだ。俺が何したって言うんだ。
 やっぱり、彼女は俺がピアノの演奏中に倒れたことが気に入らないのだろうか。そういうことなんだろうか。
「最近『恋のおまじない』だなんて名目で呪術が流行ってるらしい。まぁ、どっちも“呪”だからな。……で、その流行っている呪術を上原に掛けたかったらしい」
 森は忌々しそうにそう言って、続ける。
「オカルト好きだったら誰でも知ってるような呪術だから、上原を自分に惚れさせようとしていたのか殺そうとしてたのかは定かじゃない。恐らく後者だろうけど」
 吐き捨てきる様に、森は言った。
 なんでこう、森も田沼も人が傷つくような言い方をあえてするんだろうか。いや、森の場合はわざとじゃないのかもしれないけど、一言多い。一番最後のお前の意見はいらなかったと俺は思うよ。
 てか、本当に呪い殺したいほど俺を憎んでるってことなんだろうか。そこまで倒れたことが気に障ったのか。そんなことと思ってしまうが、人によって価値観が違うから一言にそんなことと言うのは乱暴かもしれないけれど。
 でもきっとそういう殺したいほどの恨みっていうのは会って数回で沸き起こるようなものだろうか。少なくとも俺に、そんな経験はない。
「で、お前いつそいつにあったんだ」
 思考を巡らせていた俺に、森はそう言った。確信をもって言われる。俺は、森に仁美ちゃんに会ったことは言っていない。
「何でわかるんだよ?」
「術がかけられてる」
 森の言葉に、俺は何も言えなくなった。つまり、あの時、俺は既に術とやらに掛けられたという事だろうか。ちょっと話して、触れられただけだ。あの数分で、術に掛けることが出来るのだろうか。
 仁美ちゃんと会った時の事を思い出していると、森に腕を握られた。袖を捲られる。昨日、きすぎて赤くなった腕が晒された。
「壺の中にいろんな虫を入れて、一か月後にその壺の中で生き残っていた虫を道具に使うって奴、聞いたことないか?」
 森の言っているそれには、聞き覚えがあった。買い出しのときに、田沼が言っていた恋のおまじないだ。やっぱり、呪いじゃないか! 何がどうねじ曲がってそうなったのか。
 あると頷いた俺に、森は続ける。
「お前がやられたのはその呪術だ」
「どうすれば、その呪い解けるんだよ?」
 俺がそう言うと森は何か準備をしはじめた。まさか、ここでやるのかとギョッとしつつも、早く解いてもらいたい気持ちが勝り、それを見守る。森が人型の紙を数枚出し、俺にそれを手渡してきた。
「これが、身代わりになってくれるらしい」
 森の説明に胡散臭さを感じながらもその紙を受け取った。とくに変わった様子はなく、ただの紙にしか見えない。

[ 61/68 ]

[*prev] [next#]
[戻る]
[しおりを挟む]
以下広告↓
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -