愛染 | ナノ




 大学祭2日目。俺は受付で、たくさんのカップルを見送っていた。
 ほら見ろ。そりゃそうだ。カップルくるよ、そりゃあ。いちゃいちゃするカップルを心の中で悪態を吐きながら、淡々と見送っていく。
 ようやく最後のカップルを見送り、一息吐けると思っていると見覚えのある女の子が廊下の向こうから歩いてきた。その女の子の視線は、たぶん、まっすぐ俺を見ている。
 ――……新田仁美ちゃんだ。
 彼女は俺に近づき、微笑を浮かべる。
「お久しぶりです」
 夏休みの事を思い出し、背筋が冷える。
 仁美ちゃんは俺を頭から爪先まで眺め、口を開いた。
「人形、大事にしてくれますか」
 首を傾げ、言う。微笑を浮かべているが、目が全く笑っていない。もしかしたら、もう手元にないことに、気づいているのかもしれない。
 言い淀む俺に、仁美ちゃんは悲しそうに顔を歪める。
「大事にしてないんですね。……がっかりです」
 俯く仁美ちゃんに、俺は何も言えなくなる。怖い目にあったが、彼女には罪はない。申し訳ないことしてしまった。
 俯く彼女の肩が震えだす。もしかしたら、泣いているのかもしれない。どうするべきかと考えつつ肩に手を置く。彼女は一瞬ビクリと震え、顔を上げた。
 彼女は、笑っていた。
「あーあ。駄目だったんですね。森さんの従兄弟さんのせいかなあ。余計なことしてくれたなあ」
 一頻り笑うと彼女はブツブツと独り言のように吐き捨てる。舌打ちをしたかと思うと、肩に置いていた俺の手を握られた。
「おとりがデカすぎたのかなあ。でも道具に気付かれたらさあ、台無しなんだったからさあ」
 訳の分からないことを彼女はブツブツと呟く。何を言っているのか、腕を振り払って逃げた方がいいと思うのに、足が動かない。
 掴まれた腕に、チカッとした痛みが走る。咄嗟に腕を振り払うが、腕に傷はない。
 腕をさすりながら、顔を上げると彼女はいなくなっていた。辺りを見回すが、後ろ姿すら見当たらない。
「何キョロキョロしてんの?」
 急に後ろから話しかけられ、ビクリと震える。後ろを振り返ると田沼がいた。お化けの格好をしていたせいで一瞬吃驚したが、すぐに気を持ち直す。
「お昼休憩してきていいってさ。いこ?」
 俺の様子に首を傾げつつ、田沼が誘ってくる。それに頷き、田沼と一緒に廊下を歩き出した。
 なんのために、彼女は来たのだろう。受付のあった場所を振り返ったが、交代したサークルメンバーがいるだけで、彼女はいなかった。

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