愛染 | ナノ



 大学祭、当日。
 2日間続けて行われる大学祭の1日目の今日は1日フリーだ。田沼はというとお化け屋敷言いだしっぺということで、あいつは2日続けてお化け役を強制でやることになっている。仕方ないからあとで模擬店で買った食料を差し入れしてやろうと思っている。
 俺はというと森から有志バンドのライブに誘われている。たぶん、あの赤とピンクの男のバンドが出るのだろう。何を考えているのかはわからないが、ああいうところは苦手だという森に付き合うつもりだ。
 中庭野外ステージでは、DELICOというプロのバンドが演奏するらしい。サークルの奴らがギャーギャー騒いでいたのを思い出す。
 有志バンドのライブの方は体育館でやることになっていた。森とは、体育館前で待ち合わせをしている。
 人の出入りを眺めながら森を待っていると、森が人の波をかき分け近づいてきた。眉間には皺が寄っている。
「待ったか?」
 森の言葉に、俺は首を横に振った。そうか、と言って、森は体育館へと視線を向ける。眉間の皺が、更に深くなっている。
「どうかしたのか?」
 その険しい顔に不安になって聞けば、森は首を振る。
「人がたくさんいるところが苦手なだけだ」
 苦々しい顔をして、そう言うと人の波と一緒に体育館へと足を進めた。俺もそれについて行く。体育館に入った瞬間、耳鳴りがした。もわもわと喧騒が遠く聞える。
 暗幕が引かれ、電気が消された体育館は暗い。それでもステージだけは照らされているため、見えないことはない。
 俺と森は壁際に立ち、ステージに目を向けた。耳鳴りが酷いせいか、司会の声が近くなったり遠くなったりする。
 いつの間にか、あの赤とピンクの男のバンドが出てきた。瞬間、耳鳴りが酷くなる。昔のテレビの砂嵐のように、ザーザーと音がする。
 耳鳴りがどんどん酷くなり、気持ちが悪くなってきた。耳鳴りが酷くて、バンドの演奏が全く聞こえない。ただ、ボーカルの声が、たまに耳鳴りの合間に聞こえてくる。
 そのうち、ボーカルの声も聞こえなくなる。砂嵐のような音も聞こえなくなった。遠くの方で、バンドの演奏が聞える。
「死ね」
 その声だけが、ハッキリと聞えた。
「死ね」
 低い、この声の主を探すように、たくさんの人の中を見る。腕を振り、頭を振る人の波の隙間に、ステージを睨んでいる女がいた。女の口が動くたびに、呪詛のような声が聞える。
 ああ、あの女だ。あの女が、あの赤い男のことを……。
 思わず、身体が動き出すと後ろから腕を掴まれた。後ろを振り向けば森が俺を掴んでいた。
 いつの間にか、耳鳴りが治まっている。音も戻っていた。
「呪術の一種だと思う。手遅れだ」
 森は女の方を見て、言う。そのまま俺の手を掴み、体育館の外へと出た。
「自己満足に付き合わせて悪かった」
 溜息を吐き、森は言う。たぶん、どうにもならなくても、なんとかしたかったんだろう。

[ 57/68 ]

[*prev] [next#]
[戻る]
[しおりを挟む]
以下広告↓
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -