8 翌日の早朝、バイトから帰り、シャワーを浴びて布団に入る。 昨日のことを思い出し、チラリと人形とベッドの下を見たが、何もいなかった。 ホッとし、目を瞑る。 どのくらい寝ただろう。突然息苦しくなって、俺は目を覚ました。 目を開くとカッ目を見開いた男が、腹の上に乗り、俺を見下ろしている。 目があったまま、目を瞑ることが出来ない。金縛りにあっているのか、身体も動かない。 血走った目が俺を見下ろし、微かに揺れている。 カタカタカタと右側から、音が聞えてくる。たぶん、タンスの方からだ。その音が、徐々に近づいてくるのがわかるが、顔を動かすことが出来ず見えない。 何かが近づいてきていることと目の前の男への恐怖で、心臓が大きな音を立てて動いている。頭にも心臓があるみたいだ。ヒュッと喉から音が鳴った。 ガタンと音を立て、その何かが落ちた瞬間、ようやく身体が動くようになった。瞬きするともう男は消えていた。まるで、夢を見ていたみたいだ。 右側へと視線を向けると人形が床に倒れていた。タンスから落ちたみたいだ。 ふと横を見ると田沼はまだ寝ている。時間を見るとまだ朝の8時だ。 俺はその人形を鞄にいれ、洗面所へと向かう。びっしょりと汗で顔が濡れて、髪の毛が額や頬に張り付いて鬱陶しい。ついでにシャワーも浴びよう。 シャワーを浴びて部屋に戻る。ベッドの膨らみで、まだ田沼が寝ていることがわかった。寝ているとはいえ、他人が一緒にいることへの安心で息を着き、タンスへと目を向けて心臓が跳ねた。 鞄の中にいれたはずの人形が、俺の方を見て立っていた。 もうだめだ。 俺は慌てて、森へと電話する。2コールですぐに繋がった。 「もしもし、森? もう人形お前に渡し――」 『お前は死ぬ』 え? 森へと電話したはずなのに、女性の声が聴こえた。それだけ聞え、ブチリと電話が切れる。 ケータイを確認するが、森秋一と表示されている。 逃げ場がない。追いつめられている感覚に、気が遠くなる。 軽快な電子音が鳴り、ビクリと震える。ケータイを見ると液晶には森秋一と表示されていた。 また、さっきの女だったらどうしよう。 深く息を吐き、恐る恐るケータイの通話ボタンを押して、耳に当てた。 「大丈夫か」 今度は、森の声だった。 安心したと共に、力が抜けてその場に座り込む。今あったことを全て話すと、今すぐ人形を引き取ってくれるという事になった。昨日の喫茶店で落ち合うことにし、俺はすぐに人形を鞄に詰める。 ちなみに、さっき電話を掛けた時は、森が出る前に切れたらしい。すぐに電話を掛けてきてくれて、助かった。 喫茶店に着くと昨日と同じように、奥に森が座っている。まだ11時過ぎていないからモーニング――喫茶店でドリンクを頼むと軽食が付いてくるというサービス――が付いているみたいだ。 俺はまた森の向かいに座る。俺の鞄を見て、森は眉間に皺をつくった。 「それか」 まだ見せていないのに、森はそう呟いた。俺は頷き、周りを気にしつつ人形を出す。 「お前、これ貰ったって言ったな。もうそいつとは会わないほうがいい」 そいつとは、仁美ちゃんのことだろう。俺は頷いた。 森は人形を受け取り、それを自身で持ってきたのか、桐箱へと入れる。 「これさえ持ってなきゃ、たぶん大丈夫だ。何かあったらすぐに電話しろ」 森はそう言うと桐箱を風呂敷で包み、紙袋へと入れた。 [戻る] [しおりを挟む] |