6 喫茶店に着くとすでに森がいた。一番奥の席で、ケータイを弄っている。 近づくと、気が付いたのか森が顔を上げた。 「お前、ほんとあれだな」 そう言うと森は溜息を吐く。 どういうことだ。あれってなんだ。 ムッとしつつも、俺は向かいへと座る。森は、ケータイをテーブルへと置いた。 「朝、いきなりメールして悪かったな」 俺にメニュー表を渡しながら、森は言った。 俺は、いや、大丈夫と言いながら首を振る。正直、あれで助かったようなものだ。 森と同じアイスコーヒーを注文し、森の言葉を待つが、なかなか口を開かない。言いにくいことなのだろうか。 注文したコーヒーがテーブルに置かれ、店員がカウンターへ戻っていくとようやく森は口を開いた。店員に話を聞かれたくなかったのか。 「ようやく俺の方が整理ついたから、上原にも言っておこうと思って」 どこか、すっきりしたような顔で、森は言う。 意味がわからない俺は、黙って森の次の言葉を待った。 「上原が、逢沢の死体を発見したあとに、逢沢と話をしたんだ。あいつが、なんであんなところで、1人死んだのか」 森は、中身が半分ほど減ったアイスコーヒーのグラスをジッと見つめる。思い出しながら、しゃべるように、いつもよりゆっくりとした口調だ。 「あいつ、身体が弱かったらしくて、それでよく入退院を繰り返してたらしい。それでも何とか高校の卒業して、春からは大学に通う事も決まってたんだ」 森は結露したグラスを指で撫で、その指をおしぼりで拭く。 俺はその間に、コーヒーを飲んだ。俺の方のグラスも結露していて、手が濡れる。俺もその手をおしぼりで拭いた。 「そんなある日、あいつは体調を崩して倒れた。何があったかはわからないが、気づいた時にはあの場所にいて、傍には主治医がいた」 あの場所とは、逢沢さんを見つけた時のことだろう。 「そこで、愛を囁かれ、暴力を振るわれ、よくわからない薬を注射で打たれたらしい」 ふとあの夢を思い出す。暴力を振るわれ、愛を囁かれ、薬を注射で打たれた。 ゾクリと鳥肌が立つ。見知らぬ男にキスをされ注射を打たれた腕を拭うように、掌で擦った。 「それを繰り返していたある時、男がパタリと来なくなった。手錠で繋がれていた逢沢は、そこから抜け出すことも出来ず、衰弱して」 苦々しい表情でそこまで言うと森は口籠る。 衰弱して、そして、きっと。 互いに何も言わず、テーブルに視線を向ける。他の客の話声や食器の音が、よく聞える。 [戻る] [しおりを挟む] |