愛染 | ナノ




 喫茶店に着くとすでに森がいた。一番奥の席で、ケータイを弄っている。
 近づくと、気が付いたのか森が顔を上げた。
「お前、ほんとあれだな」
 そう言うと森は溜息を吐く。
 どういうことだ。あれってなんだ。
 ムッとしつつも、俺は向かいへと座る。森は、ケータイをテーブルへと置いた。
「朝、いきなりメールして悪かったな」
 俺にメニュー表を渡しながら、森は言った。
 俺は、いや、大丈夫と言いながら首を振る。正直、あれで助かったようなものだ。
 森と同じアイスコーヒーを注文し、森の言葉を待つが、なかなか口を開かない。言いにくいことなのだろうか。
 注文したコーヒーがテーブルに置かれ、店員がカウンターへ戻っていくとようやく森は口を開いた。店員に話を聞かれたくなかったのか。
「ようやく俺の方が整理ついたから、上原にも言っておこうと思って」
 どこか、すっきりしたような顔で、森は言う。
 意味がわからない俺は、黙って森の次の言葉を待った。
「上原が、逢沢の死体を発見したあとに、逢沢と話をしたんだ。あいつが、なんであんなところで、1人死んだのか」
 森は、中身が半分ほど減ったアイスコーヒーのグラスをジッと見つめる。思い出しながら、しゃべるように、いつもよりゆっくりとした口調だ。
「あいつ、身体が弱かったらしくて、それでよく入退院を繰り返してたらしい。それでも何とか高校の卒業して、春からは大学に通う事も決まってたんだ」
 森は結露したグラスを指で撫で、その指をおしぼりで拭く。
 俺はその間に、コーヒーを飲んだ。俺の方のグラスも結露していて、手が濡れる。俺もその手をおしぼりで拭いた。
「そんなある日、あいつは体調を崩して倒れた。何があったかはわからないが、気づいた時にはあの場所にいて、傍には主治医がいた」
 あの場所とは、逢沢さんを見つけた時のことだろう。
「そこで、愛を囁かれ、暴力を振るわれ、よくわからない薬を注射で打たれたらしい」
 ふとあの夢を思い出す。暴力を振るわれ、愛を囁かれ、薬を注射で打たれた。
 ゾクリと鳥肌が立つ。見知らぬ男にキスをされ注射を打たれた腕を拭うように、掌で擦った。
「それを繰り返していたある時、男がパタリと来なくなった。手錠で繋がれていた逢沢は、そこから抜け出すことも出来ず、衰弱して」
 苦々しい表情でそこまで言うと森は口籠る。
 衰弱して、そして、きっと。
 互いに何も言わず、テーブルに視線を向ける。他の客の話声や食器の音が、よく聞える。

[ 52/68 ]

[*prev] [next#]
[戻る]
[しおりを挟む]
以下広告↓
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -