愛染 | ナノ




 田沼の部屋に帰ると、田沼は既に帰っていた。
 ただいま、と声を掛けるとスマホに視線を落としていた田沼が顔を上げる。
「おかえり」
 スマホをテーブルに置き、笑顔で迎えてくれた田沼の視線が、下の方へと向けられる。その視線を辿れば、俺の手元の人形を見ていた。
「何それ」
 田沼の声が、硬くなる。若干顔も引き攣っている。
 まぁ、そりゃそうだ。きっと誰だって、男子大学生がフランス人形を持っていたら同じ反応をするだろう。俺だって、田沼がフランス人形持っていたら嫌だ。
「えっと、貰った」
 両手で人形を持って、雑に説明する。田沼は俺と人形を交互に目をやり、ニヤリと笑った。
「せっかくだし、飾っとけばいいじゃん」
 そう言って、田沼は寝室のタンスの上に人形を置く。一人暮らしの男の部屋にフランス人形という光景は、なんとも言えない気持ちになった。
 てか、これは暗い中見たら怖いんじゃないだろうか。夜中トイレに起きた時、これが目に入ったら絶対に怖い。ただ、貰い物を無碍にはできなくて、そのまま飾っておくことにした。
 その日から何度か、目に入り一人想像力を膨らませ怖くなったこともあったが、それ以外何かあるわけでもなく。その内、気にならなくなった。
 仁美ちゃんからのメールは、フランス人形を忘れた頃に届いた。
『あの人形は元気ですか?』
 元気ですか、というのは人形に使うべきではないんじゃないだろうか? なんて思いつつも、飾ってある人形を一瞥して大事にしていると返事を返す。
 そういえば忘れていたな、とフランス人形に目をやれば、カタリと音を立てて倒れる。夏だというのに、ゾクリ背中が寒くなった。気のせいだろうと自分を納得させて、人形を立たせる。
 自身を落ち着かせるために、息を吐いて時計を確認する。そろそろバイトの時間だ。

[ 49/68 ]

[*prev] [next#]
[戻る]
[しおりを挟む]
以下広告↓
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -