3 しばらく見つめ合っていると、ゆっくりと顔が近づいてきた。 唇が当たる寸前で、首の後ろを捕まれ引かれる。 瞬間、ビリビリと肌を刺すような空気に息が苦しくなった。 「何をしている」 聞き覚えのある声に、鼓動が早くなる。 確認するために、ゆっくりと振り返った。 ――やっぱり、かっちゃんだ。 首を放され、前を向き直ると彼女は驚愕に目を見開いている。 「何をしている」 もう一度、かっちゃんが言った。 「あの、これは――」 「良太、お前に聞いていないよ」 口を開くと有無を言わせぬ厳しい口調で、諭される。口を閉じれば、頭を撫でられた。 「これはどういうことだい?」 庇うように背にやられ、あの大きな笠を被った何かとぶつかる。 「お前に、良太を見守るように言ったね。誰が婚姻の儀をしろと言った」 表情は見えないが、口調は厳しい。 後ろからその様子を伺っていたが、スッと後ろから手が伸びてきて顔を塞がれる。何事かと振り返った瞬間に、ボッと何か音がなった。 顔を覆われていた手が離れ、音がしたほうに目を向ける。さっきまで女性がいたところには、火が立っていた。 ざわざわと狐面達が騒いでいる。 血の気が引くのがわかった。あれは、たぶん――…… 「さて、良太。家まで送ろう。君のオトモダチの家でいいんだよね」 逆らえるはずもなく、俺は頷く。 「宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)」 静かに咎めるような口調で、大きな笠の何かは言う。 うかの、みたまのかみ? かっちゃんの名前だろうか。 「あなたはお勤めにお戻りください」 強い口調に、かっちゃんの顔が歪んだ。 「網笠。お前、誰に口を効いてるんだ」 俺を間に挟み、一触即発な空気になる。 ビリビリとした空気にが、更に鋭くなった。 何も言えずに黙っていると、網笠と言われた大きな笠の何かが、片膝を付く。 「お気に障ったのなら、どうぞ首を跳ねてください」 首を垂れ、そう言った。 かっちゃんは舌打ちをする。 「もういい。お前任せる」 かっちゃんは顔を歪めたまま、消えた。途端、身体が軽くなり、空気も変わる。 網笠さんは緩慢な動きで立ち上がった。俺の手をそっと取り、歩き出す。 俺は何も言えず、それについて歩く。 気が付くと田沼のアパートに着いていて、網笠さんも居なかった。 夢、だったのだろうか。 ふと地面に目をやると、はっぱの上にいなり寿司が置いてあった。そのはっぱには、ご迷惑をおかけしました、と書かれていた。 [戻る] [しおりを挟む] |