愛染 | ナノ




 しばらく見つめ合っていると、ゆっくりと顔が近づいてきた。
 唇が当たる寸前で、首の後ろを捕まれ引かれる。
 瞬間、ビリビリと肌を刺すような空気に息が苦しくなった。
「何をしている」
 聞き覚えのある声に、鼓動が早くなる。
 確認するために、ゆっくりと振り返った。
 ――やっぱり、かっちゃんだ。
 首を放され、前を向き直ると彼女は驚愕に目を見開いている。
「何をしている」
 もう一度、かっちゃんが言った。
「あの、これは――」
「良太、お前に聞いていないよ」
 口を開くと有無を言わせぬ厳しい口調で、諭される。口を閉じれば、頭を撫でられた。
「これはどういうことだい?」
 庇うように背にやられ、あの大きな笠を被った何かとぶつかる。
「お前に、良太を見守るように言ったね。誰が婚姻の儀をしろと言った」
 表情は見えないが、口調は厳しい。
 後ろからその様子を伺っていたが、スッと後ろから手が伸びてきて顔を塞がれる。何事かと振り返った瞬間に、ボッと何か音がなった。
 顔を覆われていた手が離れ、音がしたほうに目を向ける。さっきまで女性がいたところには、火が立っていた。
 ざわざわと狐面達が騒いでいる。
 血の気が引くのがわかった。あれは、たぶん――……
「さて、良太。家まで送ろう。君のオトモダチの家でいいんだよね」
 逆らえるはずもなく、俺は頷く。
「宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)」
 静かに咎めるような口調で、大きな笠の何かは言う。
 うかの、みたまのかみ?
 かっちゃんの名前だろうか。
「あなたはお勤めにお戻りください」
 強い口調に、かっちゃんの顔が歪んだ。
「網笠。お前、誰に口を効いてるんだ」
 俺を間に挟み、一触即発な空気になる。
 ビリビリとした空気にが、更に鋭くなった。
 何も言えずに黙っていると、網笠と言われた大きな笠の何かが、片膝を付く。
「お気に障ったのなら、どうぞ首を跳ねてください」
 首を垂れ、そう言った。
 かっちゃんは舌打ちをする。
「もういい。お前任せる」
 かっちゃんは顔を歪めたまま、消えた。途端、身体が軽くなり、空気も変わる。
 網笠さんは緩慢な動きで立ち上がった。俺の手をそっと取り、歩き出す。
 俺は何も言えず、それについて歩く。
 気が付くと田沼のアパートに着いていて、網笠さんも居なかった。
 夢、だったのだろうか。
 ふと地面に目をやると、はっぱの上にいなり寿司が置いてあった。そのはっぱには、ご迷惑をおかけしました、と書かれていた。

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