愛染 | ナノ




 バイトが終わり、外に出る。真っ暗だ。
 今晩の夕食を考えながら帰路に着く。
 歩いているとまたチリン、と鈴が鳴った。
 ぐにゃりと視界が歪む。倒れないように、立ち止まった。目を瞑ってもぐわんぐわんと目が回る。疲れてるんだろか。
 その場にしゃがみ込むとゆっくりと治まってきた。
 目を開くと遠くの方に、不思議な灯りが見えた。街灯とは、違うようだ。緩慢な動作で揺れていた。それと比例するように、チリン、チリンっと鈴の音が、近づいてくる。
 誘われるように、俺は灯りの方に足を向けた。
 近づくにつれ、祭囃子のような音楽が聴こえる。そして、灯りが1つではないことがわかった。
 灯りの正体はどうやら提灯のようだった。たくさんの提灯が行列を作っている。いや、行列を作っている人達が、提灯を持って歩いていた。全員、狐面をしていて、表情は伺えない。
 異様な光景に、背筋が冷たくなった。異世界のようだ。
 見ていないフリをし、少し離れて歩く。
 行列の真ん中辺りまで来ただろうか、白無垢を着た狐面の女性がいた。隣を過ぎようとした時、行列の歩みがピタリと止まる。
 思わずチラリと目を向けると、白無垢の狐面がこちらを見ていた。
 音も立てず、スルリと近づいてくる。後退るが間に合わず、手を取られた。氷のように、冷たい手だ。白無垢と変わらないくらい白い手に、桜貝のような爪が乗っている。
「初めまして。ずっとお慕い申し上げておりました」
 掴まれた手を愛しそうに、面の上から頬に宛がわれた。手の甲に、滑らかな感触が伝わる。
 俺の頭は状況についていけず、されるがままだ。
 そもそも彼女? とは初対面のはずだ。いや、面を付けているからわからないけども。
 俺が困惑しているのが伝わったのか、彼女は俺の手を掴んだまま面を外した。
 綺麗な女性が、顔を出す。白塗りで、唇には紅が引かれていた。例えるなら歌舞伎の女形のような化粧だ。例えが悪いのは、解っている。
 化粧のせいか、全く誰だかわからない。
 どうしたものか。
「私と一緒になっていただけませんか」
 真っ直ぐ見つめられ、目が離せなくなる。

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