愛染 | ナノ




 数十分後、警察に無事通報できた俺は、また事情聴取された。
 全て終わって、ホッと息をついて警察署から出る。来たときは、薄暗かった外は完全に暗い。
 まさか、短期間で2度も事情聴取されるとは思わなかった。
 あの臭いと紫色を思い出し、思わず口元を抑える。
 ケータイの電源を入れた。田沼からメールが何件か着ている。どれも俺を心配する内容だ。この場合、電話のほうがいいだろうか。考え、メールで返す。寝ていたら起こしたくない。
 さて、帰るか。
 歩を進めると名前を呼ばれ、そちらに目を向ける。
「お疲れ」
 森だ。手を軽く上げ、森が近づいてきた。
「逢沢から聞いた。ごめんねって言ってた」
 あの小さなビルで見た、逢沢さんを思い出す。彼女は、ありがとう、と言っていた。
「お前、あれ誰だかわかるか」
 森は、俺の目をジッと見て言った。
 森があれ、と指すのは、きっとあのビルで見た死体の事だろう。
 首を横に振った。
「あれ――逢沢だ」
 呟くように、森は言う。
 何、言ってるんだ。意味が解らず、森の目を見る。そこからは何も読み取れない。
「何言ってるんだよ。逢沢さんは生きてるだろ。さっきだって、見たし」
 悪い夢でも見たんじゃないのか、と笑った。森はそれを笑いもせずに、俺を見る。
 いや、だって、そんな。
「お前が出会った時には、すでに逢沢は死んでたんだ」
 遠くを見つめ、森は言う。
「上原が普通に話し掛けてきてくれて、嬉しかったって言ってた」
 嬉しかったも何も。だって、そんな。
 混乱する俺に構わず、森は続ける。
「身体を見付けてくれてありがとう、だってよ」
 言って、森は俺の背中を叩く。地味に痛い。
「じゃあ、伝えたし帰る」
 言って、森は背を向ける。そして数歩歩いて振り返った。
「この前は悪かった。気を付けろよ」
 俺の感情とか、諸々おいてけぼりにして、行ってしまった。何だったんだ。
 また意味深に、気を付けろ、だ。だから何にだよ。
 頭を掻いて、俺も帰路につく。

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