愛染 | ナノ




 そんな事があった3日後。バイトから田沼の家に帰る途中、見覚えのある姿を見た。交差点の突き当たりを曲がって行くのが見える。
 ピンク色のふわりとしたスカート。あれは、たぶん、逢沢さんだ。慌てて追い掛ける。
 確信なんてない。追い掛けて、どうするのか、なんて自分でも思う。ただ、足が勝手に動いていた。
 角を曲がり、しばらく走ると逢沢さんが立っているのが見える。
 一本先に大通りがあるのに、この道に人気はない。そんなところの小さなビルを見つめている。
「逢沢さん!」
 名前を呼ぶが、聞こえなかったのだろう。逢沢さんは俺の方を見ることなく、ビルに入っていった。
 ビルに入った瞬間、酷い臭いが鼻を襲う。気分の悪くなる臭いだ。生臭いような、生ゴミと何かが混ざったような何とも言えない臭い。
「逢沢さん?」
 名前を何度も呼びながら進む。自分の足音だけが、コツンコツンと響いた。
 奥に行けば行くほど、臭いがキツくなる。
 ビルの突き当たりの扉を開けた。重い扉を開けると更に臭いが強くなる。胃からせりあがるモノを抑え、奥に進んだ。
 紫色の何かが見え、膨れ上がっているがそれが人の形をしている。その回りに、黒い小さなものが、蠢いている。
 込み上げてきたモノが、我慢できない。手の隙間から、溢れその臭いに更に咽く。
 その場に留まる事が出来ず、フラフラとビルの外へと向かった。
 道路の隅で、ひとしきり吐くとだいぶ楽になった。そして気づく。ビルの外に出ると不思議な事にあんなに、におっていたものの臭いがしない。
 汚れた手をティッシュで拭き、警察に電話を掛ける。
 警察に状況を話す途中、ふとビルの窓を見ると逢沢さんがこちらを見下ろしていた。
 口元が動いている。何度も何度も。
 電話の向こうで、怪訝そうな声が聞こえる。
 俺はそれを無視し、目を凝らした。
 ……――あ、り、が、と、う
 ありがとう?
 もう一度、口の動きに集中する。
「ありがとう」
 聞き慣れた声が、聞こえた気がする。ありがとう、そう柔らかな声で、逢沢さんが言った。実際、ここから声が聞こえるわけがないのだけど、確かにそう聞こえた。

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