愛染 | ナノ




 久しぶりに会ったあの日から、逢沢さんに会っていない。
 もともとこのマンモス校で、頻繁にあっていたというのも変な話かもしれないけれど。
 こんな風に会わなくなってから気付いた。俺は彼女のケータイ番号もアドレスも知らないのだ。
 毎日、食堂の片隅を見るが、そこに逢沢さんはいない。
「そんなとこに突っ立てたら邪魔だぞ」
 後ろから話し掛けられ、振り返ると森が立っていた。
「あ、ちょうどいいところに。お前、逢沢さん知らない?」
 俺アドレス知らないんだよね、なんて笑って話す。
 俺の言葉に、森は眉間に皺を寄せた。
 なんだよ。
「お前さぁ――いや、あっちで話そう」
 呆れたように溜め息を吐き、何かを言い掛けて止める。
 いつも通り食堂の片隅に陣取り、向かい合って座る。
 何だか、この感じ久し振りだ。いや、逢沢さんが居ないのは初めてだから、向かい合って座るのは初めてか。
「前にも言ったけど、ちゃんと周りを見ろよ」
 怒ったような口調に、俺は思わず頷く。
 つか、何で俺怒られてんの?
「お前、本当に目付いてるのか?」
「付いてるだろ! お前こそ付いてんのか」
 なんなんだ。喧嘩売ってんのか、こいつは。しっかり2つ付いてるだろうが。
「目から得る情報は8割って言うけど、お前は8割も使ってなさそうだな」
 鼻で笑うように、言われる。
 いや、ホント今日なんなの。こいつ、何でこんなに突っ掛かってくるの。腹立つ。
「お前、機嫌でも悪いの?」
 睨み付け、聞く。
 機嫌悪いのを俺に当たるなよ。
「別に。本当に気付いてないみたいだから言うけど、あいつ――」
「何なに? お2人さん喧嘩?」
 ピリピリした空気の中に、不釣り合いなチャラい声が聞こえる。田沼だ。
 田沼の声に話を遮られた森が、舌打ちをする。いや、マジで今日はどうした。
「逢沢の件、俺は知らない」
 それだけ言うと森は食堂を後にした。

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