愛染 | ナノ




 講義に向かうため足を速めた瞬間、声を掛けられ肩を掴まれる。
 振り返ると森がいた。それはもう、怖い怖い顔をした森がいた。
「お前なんで連絡つかなかったんだ?」
 咎めるような口調 。とても、般若みたいな顔をしてどうした? なんて聞けそうにない。
「いや、あの、ケータイが壊れて……」
「心配した。あのあといきなり電話切れるし、連絡とれなくなるし。アパート行ったらパトカー止まってるしで。あのチャラいのに聞いても答えないし」
 捲くし立てるように、森が言う。どうやら、心配してくれたらしい。
「俺は霊視なんて出来ないんだからな。ふざけんなよ。謝れ。俺と逢沢に謝れ」
 腕を組み、俺を見下ろして言う。相当腹を立てているらしい。
「いや、あのごめんなさい」
「よし、逢沢のところに行くぞ」
 有無を言わせぬ森に、俺は抵抗することなくついていく。
 いつも通り、食堂の片隅に逢沢さんはいた。俺を見るなり、ホッとしたような顔をする 。
「あの、心配かけてごめんなさい」
「ううん。無事でよかった」
 ギュッと手を掴まれて、ドキッとした。女の子に手を握られたことなんてなかったし、逢沢の手が凄く冷たかった。
 逢沢さんの手が離れ、体温が戻ってくる。
「ホッとしたら疲れちゃった。今日はもう帰るね。また明日」
 手を振り、逢沢さんは食堂から出ていった。
「お前、講義は?」
 チラリと時計を見て、森が言う。
 お前のせいで間に合わない、などと言えるわけもない。
「2コマ目から」

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