1 久し振りに、大学に来た。 あの事件のことは、噂になっているらしい。チラチラとこちらを遠巻きに見ている人達がいる。 気持ちが落ち着くまで、ずっと田沼のアパートにいた。あれから自分の部屋には帰ってない。田沼が荷物を取りに言ってくれて、泊めてくれていた。 柏木はというと、今はアパートを引き払って実家にいるらしい。大学には来ていないと田沼が教えてくれた。 「上原、モテモテじゃん。嫉妬しちゃうわー」 田沼がからかうように、肘で俺をつつく。 「代わってやろうか?」 俺も肘でつつき返し、言った。田沼は笑いながら、首を横に振る。 「あ、そうだ。これ、合鍵。料理でも作って待っててよ、良子ちゃん」 「おー。包丁床に突き刺して、三つ指付いて待っててやるよ。お前料理してやるわ」 田沼の気持ち悪い冗談に、冗談で返す。 「つか、合鍵とかいいのか?」 合鍵を受け取りつつ、一応断りを入れる。 「だって、いろいろ困んだろ。だからいいの」 失くすなよ。とでも言うように、鍵を持った手を握り込まれる。手の中の鍵が少し痛い。 「じゃあ、オレ用事あるから行くわ。何かあったら連絡して」 言って足早に行ってしまった。少し、ほんの少し心細さを感じる。いや、本当にナノミクロンくらい。 [戻る] [しおりを挟む] |