愛染 | ナノ




 久し振りに、大学に来た。
 あの事件のことは、噂になっているらしい。チラチラとこちらを遠巻きに見ている人達がいる。
 気持ちが落ち着くまで、ずっと田沼のアパートにいた。あれから自分の部屋には帰ってない。田沼が荷物を取りに言ってくれて、泊めてくれていた。
 柏木はというと、今はアパートを引き払って実家にいるらしい。大学には来ていないと田沼が教えてくれた。
「上原、モテモテじゃん。嫉妬しちゃうわー」
 田沼がからかうように、肘で俺をつつく。
「代わってやろうか?」
 俺も肘でつつき返し、言った。田沼は笑いながら、首を横に振る。
「あ、そうだ。これ、合鍵。料理でも作って待っててよ、良子ちゃん」
「おー。包丁床に突き刺して、三つ指付いて待っててやるよ。お前料理してやるわ」
 田沼の気持ち悪い冗談に、冗談で返す。
「つか、合鍵とかいいのか?」
 合鍵を受け取りつつ、一応断りを入れる。
「だって、いろいろ困んだろ。だからいいの」
 失くすなよ。とでも言うように、鍵を持った手を握り込まれる。手の中の鍵が少し痛い。
「じゃあ、オレ用事あるから行くわ。何かあったら連絡して」
 言って足早に行ってしまった。少し、ほんの少し心細さを感じる。いや、本当にナノミクロンくらい。

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