9 「邪魔しないでよ」 冷たい声が、後ろから聞こえる。 首筋に包丁が当たり、息を飲んだ。殺される。 雨の音に混ざって、え? と声が聴こえた。柏木の声だ。 当てられていた包丁が、離される。 髪を掴まれたまま、声がしたほうを見るとやっぱり柏木が立っていた。 外灯の下の女性を見て、顔を蒼白にしている。 「それ邪魔だったから殺したのゆうくんの彼女は私なのに彼女面してて鬱陶しくて鬱陶しくて」 うっとりと、ねっとりとした声が、雨の音に混じって響く。 「これもすぐ片付けるから待っててね」 また、首筋に刃が当たる。 「柏木、逃げろ」 大きな声を出したかったのに、情けなく震えた小さな声しか出せなかった。 柏木は俺たちに目を向けたまま、立っている。顔の血の気が完全に失せ、首を横に振り、何かを言っている。 「ええ、私も愛している」 女は何を思ったのか、突然言った。 柏木は絶対に、愛してるだなんて言っていない。何を言いたいのか、解らないが、それはわかる。 首に、ピリッとした痛みが走る。少し、切れたかもしれない。怖い、殺される。生理的に涙が溢れてきた。 「上原ッ!」 聞き慣れた声が聞こえ、女が俺から離れた。 ピリリとした痛みが首を走るが、気にしてられない。 ギュッと背中に腕を回され、懐かしい匂いと声に安堵する。――田沼だ。 「よかった、無事で」 震えた声に、思わず涙が溢れる。 サイレンが聞こえ、赤色のランプが見えた。 [戻る] [しおりを挟む] |