8 アパートの近くまで来ると、外灯の下に大きな荷物を持った誰かが立っているのが見えた。雨の中、傘も指さずに立っている。 誰だろう? と目を凝らせようとした瞬間、ケータイが鳴った。ディスプレイには、森の名前が表示される。 「もしも、」 『いまどこ?』 食い気味に焦ったような声が聞こえてきた。 なんだ、どうした? 「え? アパートの近くだけど」 『帰るな。絶対帰るなよ』 なにそれ、フリ? だなんて、とても茶化せる雰囲気じゃない。こんな、切羽詰まったような森は初めてで、俺は返事が出来なかった。 『すぐにそこから離れろ』 「いや、何言って、」 『狐が危ないって言ってるんだよ』 森が焦ってるせいなのか、何を言っているのかさっぱり解らない。 落ち着くようにいうために、口を開く。 ふと外灯の下の誰かが、こちらを振り返った。 あっ―― あの、ストーカーだった。手には、包丁が握られている。その刃に赤いものがべっとり付いていた。 ――荷物だと思ったものは、誰かのぐったりとした身体だった。髪が長いから多分、女性だ。 コツッと音がして、我に返る。女が、無表情でこちらに向かってきた。 ヒッと喉から音が出る。 ケータイから何か聞こえるが、何を言っているのか全く頭に入らない。 逃げろ、逃げろと頭では解っているのに足が動かない。それどころか腰が抜けたのか、足に力が入らなくなり、ヒョロヒョロと座り込んだ。 もう、目の前まで迫っている。キーンと耳鳴りがした瞬間、俺は立ち上がり背中を向け走り出せた。 ――瞬間、遅かったせいかすぐに髪の毛を掴まれ、石塀に叩きつけられる。傘とケータイが手から落ちた。 [戻る] [しおりを挟む] |