愛染 | ナノ




 柏木を部屋に呼んだのは初めてだ。というか、田沼以外に友人を呼んだことがなかった。まあ、田沼の場合、呼んでないのに来る。――今は、来ないけど。
 柏木は居間で待ってもらって、インスタントコーヒーを作って持っていく。
「綺麗にしてるんだな」
「よく田沼が来るから、狭くないようにって思ってさ。なるべくいつも整頓するようにしてるんだ」
 何か照れ臭くなって、言い訳じみたことをベラベラと話す。
 それから暫くお互いに黙ったままだった。俺は妙に緊張していて、柏木は多分言いにくいことを言おうとしてるからだろう。
「実は、その……最近、変な女の子につけられてるみたいなんだよ、ね」
 言いにくそうに、柏木は言う。最後の方は尻すぼみだった。
「それは……ストーカーってこと?」
 ストーカーと言って、自分でゾッとした。
 最近、有名人やミュージシャンがストーカー被害に遭っていたなんて記事を読んだばかりだ。
「多分。……手紙とか電話とかメールが毎日何十回もあるんだ。後ろから足音聞こえて、振り返ると知らない子が笑顔で手を振ってくるんだ」
 思い出すのか、顔の血の気が引いて真っ青だ。
「警察には?」
「言ったけど、女から男へのストーカーだから何とかなるだろうって相手にされなかった。でも、一応、パトロールはしてくれるらしい」
 これには、何も返せなかった。
 柏木は落ち着こうとしているのか、コーヒーを飲むピッチが早い。
「最近、彼女の方にも空メールが何件もあるらしいし。これも警察に言ったんだけど、何かないと動けないらしくて」
 柏木の溜め息が、妙に部屋に響いた。
 なんと言ったらいいのかわからない。経験なんてないし、つか女の子に好きなんて言われたことないし。
「その、柏木の家ってバレてんだよな?」
「ああ。毎日来る手紙に宛名しか書いてないから、わざわざ家に来て手紙を郵便受に入れてくんだと思う」
 こえーよ。つかそれを何十通も、って考えると背筋が寒くなる。
 そりゃあ寝れるわけないよな。
「よかったら、しばらく家泊まる?」
 俺の言葉に、柏木がえっ? と声をあげる。
「いや、でも迷惑だろ。それに、警察の言う通り女から男へのストーカーだし、」
「迷惑だったら言わない。柏木困ってんのに、俺なんも出来ないし、これくらいなんともないよ」
 柏木の言葉を遮って、俺は言う。
 一人だと心細いだろうしな。俺なら間違いなく田沼に泣きつく。
「……迷惑になったら、いつでも追い出してくれていいから。上原、ありがとう」
 礼を言う柏木に、笑って返し、もう一杯コーヒーを入れに立った。

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