愛染 | ナノ




 目が覚めると台所に立っていた。夕飯の支度をしながらボーッとしていたらしい。
 ふと後ろを見ると田沼が立っていた。手にはナイフが握られている。
 勢いよく、こちらに向かってきた。俺は包丁を手に取り、田沼に向ける。
 包丁を持った両手に手応えを感じた。少しして、下腹部に激痛が走る。そこだけが熱く感じられ、脂汗が全身から――全毛穴から吹き出した。

 目が覚めるとお湯の張られた湯船の中にいた。どうやら入浴中に寝てしまったらしい。
 ふと横に目を向けると田沼が立っていた。
 いきなり頭を掴まれ、そのままお湯に沈められる。
 もがくとお湯が鼻や口から入った。
 このままだと殺される。
 必死に何かを掴み、引っ張る。何度も何度も引っ張るうちに、田沼の手の力が弛んだ。
 すぐにお湯から顔を上げ、咳き込みながら何かを掴んでいる手を見る。手には田沼の後頭部の髪を掴んでいたようだ。
 そのまま湯船のへりに田沼の頭を何度も何度もぶつける。
 こうしなきゃ――殺さなきゃ、俺が殺される。
 口から、呪詛を唱えるように死ねと何度も呟いた。
 手の中の田沼はぐったりとして動かない。
 ようやく安堵出来て、手を離した。顔が潰れて真っ赤な液体で完全に誰だかわからない。
 完全に、息を止めれただろう。
 ほっと息を吐いて、浴室を後にした。身体を拭いて服を着る。
 髪を乾かすために洗面台に近付き、鏡を見ると赤い何かが俺の後ろに立っていた。
 まだ、生きていた。
 素早く振り返り、ドライヤーの電気コードで首を絞める。必死に左右に引っ張るとまたぐったりとした。
 まだ死んでいないかもしれない。そう思うと安心が出来ない。
 近くに鋸があった。それを掴み、首に当てると思い切り引く。嫌な音と共に、血が鯨の潮のように噴き出した。

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