愛染 | ナノ




 無駄話をしているとポツリ、と頬に冷たい液体が落ちた。雨だ。
 空を見上げると低い位置で曇っている。
「うわ、降ってきた。そういえば、明日から梅雨入りだってさ」
 田沼が少し歩調を早めながら言った。梅雨か。あまり好きじゃない。いやだな。
 空から視線を戻す。
 前の方からレインコートを着た女性が歩いてきた。思わず身構える。女性は俯いていて顔が解らない。
 まさか、違うだろ。そんなホラー映画じゃないんだから、と自分に言い聞かせる。
 どんどん近づいてくる。ドクンドクンと脈打つ。頭の中に心臓がある気分だ。
 レインコートの女性から目が離せない。
 通り過ぎる瞬間――
「死んだら楽だったのにね」
 そう呟いて行った。
 ドクンドクンと未だに心臓がうるさい。
「今の赤い傘の人、綺麗だったね」
 田沼が楽しそうに言う。
 え? 赤い傘?
 振り返ると確かに、赤い傘の女性が背を向けて歩いていた。
 レインコートの女はいない。

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