2 「おまえみえてるだろ」 不意に耳元でドスのきいた声を掛けられ、ビクリと大袈裟なほど身体が跳ねた。 いつの間にこんなに近づいたんだろう。じっとりと背中が濡れていく。ヒッと喉から悲鳴にもならない音が出る。 「しねばいいのに」 ねっとりとし た声で言う。唇が耳元に当たっている。濡れた髪が首筋を擽り、するすると蛇のように首に巻き付く。 ヤバイ。本能が煩く警告してくる。 脳に心臓があるみたいに、ドクンドクンと脈打つ度に頭痛がする。 助けて 助けを求めようと声を上げようとするが、声が唇まで上って来ない。 「店員さん。女の子と遊んでないでレジお願いします」 とんとん、とカウンターを指で叩く音がした瞬間、女が離れたのか、気持ちの悪い感触が消えた。 「あ」 客と目が合い、お互いに声を上げる。 ゴールデンウィークの一件で、鈴を持っていた男だった。 「ゴールデンウィーク以来、だな」 男が気まずそうに、目をそらす。 あれは夢かと思っていた。どこからが夢で、どこまでが現実かは判らなかったけど。……でもどうやら違うらしい。 レジを打ちながら男を見る。イケメンだ。俺の周りにイケメンが集まるのに、俺自身は平凡だ。類は友を呼ぶなんていうが、あれも嘘だな。いや、この男とは友達でもなんでもないけど。 あれ? このイケメン顔どこかで見たことがある気がする。ゴールデンウィーク以前に、見たことがある気がする。どこだったかな。 「俺の顔に何か付いてるか?」 じろじろと見すぎたのか、男は居心地悪そうに聞く。俺は首を横に振り、レジに専念する。 会計を終えて出ていこうとした男が、あっと声を上げた。首だけ振り返る。 「気をつけろよ」 男はそれだけを言い、コンビニから出て行った。気をつけろって何にだよ。 女はいつの間にか居なくなっていた。 [戻る] [しおりを挟む] |