9 鈴の音を頼りに走っていくと鈴の音に混じって、とおりゃんせも聞こえてきた。 今度は老若男女はっきりとわかる。若い、男の声だ。鈴の音と同じほうから聞える。 鈴の音と男の声の方に走って行くと誰かがいるのがわかった。 「助けて」 我ながら情けないが、涙声だった。 男は俺を見るなり目を見開き、俺に背を向けて走り出す。 「断るっ!」 男は大声で、前を向いたまま叫ぶようにいう。 必死だった俺は全力でそれを追い掛け、飛びかかった。 鈍い音と痛みが頭を襲い、目の前が真っ暗になった。 目を覚ますと知らない天井と見知った顔が二つ、覗き込んでいた。 「あ、上原。おはよー」 ほぼ毎日のように聞いている田沼の声に、こんなにも安堵する日がくるとは思わなかった。思わず目頭が熱くなる。 「急に倒れるからビックリしたよ」 俺の額に手を当て、柏木が言う。 あれ? 俺どうやって帰ったんだっけ。あの逃げた男は? 駄目だ、思い出せない。 「まぁ、疲れてたんでしょ。上原、貧乏学生だし」 田沼がゲラゲラと笑う。いつもなら腹が立つはずだが、今は腹立つどころか自然と口元が緩んだ。 生きはよいよい 還りはこわい こわいながらも とおりゃんせ とおりゃんせ [戻る] [しおりを挟む] |