好奇心は猫をも殺す | ナノ

枯れ木に花 1

 煙管から紫煙が立ち上る。タバコの匂いと謎の血なまぐさいこの座敷で、この屋敷の主である東雲静夏(しののめしずか)さんがポツリと独り言のように、俺――御手洗尊(みたらいみこと)――へと話しかけてきた。
「おてあらいくんは、はっきりではないけど視えるんだよね」
 何をとは東雲さんは言わなかったが、解った。幽霊、お化けが視えるかと言いたいのだろう。
 数日前、俺はこの東雲さんに命を助けられた。大げさな話ではない。
 くせ毛でくるくるとした長い髪を後ろで束ねているとはいえ、前髪まで長くて目元が全く見えない。顎には髭。そんな決して清潔とは言えない男に命を救われた。
 夏休みを利用して、友人と心霊スポット巡りに興じていた俺は、いつの間にかどこかで俗にいう悪霊とやらに憑かれていたらしかった。やばい状態だったらしい――らしいというのは、俺にその時になるまで自覚がなかったからだ――ところで、その悪霊を東雲さんが祓ってくれた。どうやって祓ったかはよく解らなかったけど、その一件以来それを見ていないから多分祓ってくれたのだ。まぁ、その一件で初めて視たのだけれど。
 そんなことがあり、東雲さんに除霊代として300万借金をし、俺はこの屋敷でバイトをしている。
「みたらいです。はい。一応たまに視えます」
 俺が頷くと、聞いておきながら興味がなさそうに、ふ〜んと返事をした。このおっさん、腹が立つ。
「ああ、そうだ。今日は私とてっちゃん仕事があって外出するから、玄関と廊下の掃除よろしくね。17時半には帰りなさいね」
 言って、東雲さんは煙管の火皿から灰を振り落す。
 てっちゃんとは、彼の息子さんの哲郎(てつろう)さんの愛称だ。ガタイのいい長身で短髪の男性で、東雲さんとは真逆で清潔感がある。ただし、顔が怖い。
 右足がのない東雲さんを車椅子に乗せるのを手伝い。まぁ、手伝うと言ってもほとんど哲郎さんがやって、俺は車椅子を押さえていただけだ。
 竹藪はどうやって抜けるのだろう、などと心配しながら玄関まで見送りについていく。哲郎さんは東雲さんを抱え、車椅子を折りたたむ。まさか、そのまま車椅子まで持って歩いていく気ではないだろうか。
 所謂お姫様抱っこをされている東雲さんが、浴衣の懐から鈴を取り出した。それを屋敷の中に向かって、揺らす。チリン、と数回鳴らす。
 廊下の奥から、何かがこちらに向かてくる。ゆらゆらと近寄ってきたのは、あの時の大きな金魚だ。全長2mくらいこの金魚は、俺の悪霊を祓ってくれた時に、東雲さんの後ろにいたのだ。
 金魚が、玄関から出る。それが金魚鉢から金魚が飛び跳ねるように見えた。引き戸を通り過ぎる時、そこに境があるように見えた。その境は水面のようだった。
 金魚が外へ出た瞬間からあの血なまぐささが消えた。臭いの原因は、あの金魚なのかもしれない。
「さぁ、金魚ちゃんたちお仕事だよ。お手伝いしてね」
 言って、東雲さんが懐から巾着袋を出した。それを見て、哲郎さんが玄関から外へと出た。金魚"たち"とはどういう事なのか。どう見てもこの大きな金魚1匹にしか見れない。
 哲郎さんがこちらに背を向けているので、何をしているかは見えない。ふと、隣に気配を感じて視線を動かすと白いワンピースを着た女の人が隣にいた。一瞬ビクリとしたが、いつも座敷にいる人だと気付いた。多分、東雲さんの娘さんだろう。白い服に長い髪、白い肌といった幽霊ルックが彼女の常だ。
「それじゃあ、行ってくるね」
 東雲さんがそういう言って、哲郎さんの肩越しに手を振る。哲郎さんの隣には、いつの間にか車椅子と紐で繋がれた金魚がいる。車椅子は金魚が運ぶらしい。
「いってらっしゃい」
 俺は東雲さんに目礼する。隣の娘さんは、東雲さんに手を振り返した。


[ 5/8 ]

[*prev] [next#]
[戻る]
[しおりを挟む]
以下広告↓
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -