好奇心は猫をも殺す | ナノ

好奇心は猫をも殺す 3

 部屋の中を見回せば、掛け軸や壺が飾ってあった。何だか居心地が悪い。
 東雲さんは時代劇などでよく見る肘置きのようなもの――後で聞いたが脇息というらしい――に肘を置き、凭れるようにして横座りする。脇息の近くにあった木製の小さな箱――これは煙管盆というらしかった――を引き寄せ、引出から煙管を取り出した。
 俺はどうしたらいいのかわからず、静かにそれを見守る。
 それを知ってか知らずか、東雲さんは緩慢な動きで、煙管の火皿へ刻みタバコを詰める。それにマッチで火を点けて煙管を咥えた。
 煙を吐き出すと、東雲さんはようやく口を開いた。
「君の後ろのソレは、どこで拾ってきたんだい?」
 俺を指差し、いや正確には俺の後ろを差し、東雲さんは言った。
 振り返ったところで、何もない。何を言いたいんだろう。
「この臭いには気付くのに、視えないの?」
 また独特な嗤い声を上げ、煙管の灰を落とす。そしてまたそれを吸う。それを何度もそうしているうちに、紫煙が部屋中に広がった。
 煙たい。目がしばしばして、大げさな程、瞬きを繰り返す。
「ねえ。そんな重たいもの背負っていたら歩けないだろう」
 低く擦れた声が、空気を振動して、俺の耳へと届いた。瞬間、ドッと肩が重くなった。首まで重くて、頭を下げる。畳が、視界に入った。薄暗かった部屋が、更に暗くなった気がする。
 1つ、2つとどこからか気配が増える。息を吐くだけで、苦しい。
 うひゃひゃと東雲さんが笑うと共鳴するように、四方から笑い声が聞こえる。
「このままだと、君――死ぬけどどうする?」
 軽い調子で、東雲さんは聞く。まるで、昨日の晩飯のメニューを聞くかのような、軽さだ。
「ほら、顔を上げてごらん」
 優しい声で、東雲さんは言う。
 心臓が、早鐘を打つ。重くねっとりとした空気が、俺の首から背中に掛けて乗っているようだ。
 たぶん、顔を上げたら駄目だ。
 上げたいと思う反面、視界の端に髪の毛のようなものが見え、どうにも上げられない。
「好奇心旺盛なのは結構だけど、ほどほどにしなよ」
 ズルズルと何かを引き摺るような音が、後ろから聞こえる。それが、俺の周りをぐるぐると回り始めた。俺の前に来た時に、視界の端で白い足が見える。
「どうしたらいいですか! 助けて下さい!」
 形振り構わず叫ぶと、ズルズルとした音が急に止まった。
「君、まだ未成年だしね。300万、でいいよ」
 え? と間抜けな声を出し、思わず顔を上げる。
 視界いっぱいに、白い顔が俺を覗き込んでいた。血走った目が、俺をジッと見ている。
 ヒュッと喉から音が出た。目を逸らしたいのに、金縛りに遭ったかのように身体が動かない。
「は、働いて返します。俺を雇ってください」
 震えた小さな声が、響いた。
「面白いね」
 東雲さんが笑ったかと思うと身体が動くようになり、目の前にあった白い顔が消えた。
 薄暗かった部屋が、光を反射した水面のようにキラキラと輝く。
 東雲さんの後ろに、大きな金魚のようなモノが見えた。それは空気を食べるように、口をパクパクとさせている。朱色の斑模様を浮かべた身体がユラユラと揺る。その身体についてくるように、鰭がヒラヒラと舞うように揺れた。それはゆっくりと壁へと泳ぎ、壁の中へと消えて行った。
 白昼夢を見ていたかのようだ。何事もなかったかのように、薄暗い部屋に戻っている。
 言葉を発せないでいる俺に向かって、東雲さんは手を2回叩いた。パンと小気味いい音が響く。
「さて、お金の話をしようか」
 東雲さんが言うとそれが合図だったかのように、隅に座っていた哲郎さんが俺の隣に座った。どこから出したのか、ノートを持っている。俺に見せるように、それを開いた。
「そこに書いてあるように、時給1000円で働いてもらおうか。基本的に雑用をしてもらうよ。その雑用が、危険なものだった場合は、その都度お手当をつけます」
 東雲さんはそこまで言うと、ニヤニヤと緩めていた口を引き締めた。
「ここからが、重要だよ。18時の鐘までには竹藪を出ること。山のお寺の鐘が6時と18時に鳴るだろう? それまでには、出なさい。だから、余裕を持って、17時半にはこの屋敷から出ること」
 一旦ここで区切り、東雲さんは重い息を吐いた。
「万が一、18時までに竹藪から出られない場合は、家に泊まりなさい」
 言われ、哲郎さんをチラリと見ると目が合う。哲郎さんは、小さく頷いた。
「理由とかって聞いてもいいですか」
 恐る恐る口を挟めば、東雲さんはまた口元を緩める。ゆっくりと煙管を咥え、紫煙を吐きながら煙管を口から離した。
「知らない方がいいこともあるよ」

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