好奇心は猫をも殺す | ナノ

好奇心は猫をも殺す 2

 屋敷内に一歩入ると夏だというのに、ひんやりとしている。昼間だというのに暗い。ジメジメとしていて、地下室を思わせるような気味の悪さがある。
 それだけじゃない。あれだけしつこかった藪蚊が、屋敷に入った途端いなくなった。何より、この臭い。血なまぐさい。
 玄関から一段高くなった廊下で、車椅子に乗ったおっさんが出迎えてくれた。おっさんは、右足がないらしく、足置きに右足が乗っていない。それに浴衣の足元の右側に膨らみがない。無造作に伸びたであろう髪が肩に付き、前髪も長くて目が見えない。くせ毛なのか、髪の毛がうねっている。顎にも髭を蓄えていて、清潔感はない。
 おっさんは顔を顰めた俺の方に顔を向け、うひゃひゃと気味の悪い独特な笑い声を上げる。
「すごいねえ。わかるのかい」
 おっさんが、感心したように言った。何が言いたいのか解らないが、気味が悪い。
「私は、東雲静夏(しののめしずか)彼は、息子の哲郎(てつろう)っていうんだ。君は?」
 首を傾げ、おっさん改め東雲さんは言った。
 本名を言うべきか迷ったが、俺はゆっくり口を開く。
「御手洗尊(みたらいみこと)です」
「いい名前だね。――とても仰々しい名前だ」
 東雲さんはそう言って、うひゃひゃと嗤った。
 御手洗尊と本名を名乗るとだいたい偽名かと笑われるのだが、生憎これは本名だ。
「本名です」
「わかってるよ」
 俺が偽名を言ったと勘違いして嘲笑したのかと思ったが、どうやら違うらしい。解っていて、嗤ったのだ。偽名かと疑われるより、腹が立つ。
「そんなことはどうでもいいよ。奥においで」
 お前から名前を聞いといて、どうでもいいとはどういうことだろうか。
 悪態を吐きそうになったが、グッと堪えた。靴を脱いで東雲さんの後を追う。後ろからガラガラと引き戸が閉まる音がし、その後ろを哲郎さんがついてきた。外からの音が遠くなり、屋敷だけが別世界にあるような錯覚に襲われる。
 東雲さんの足元が、キュッキュッと音を立てている。タイヤと床の摩擦で音が鳴るのだろうか。その音だけが響き、何だか不気味だ。
 ふいに、その音が止まった。東雲さんが襖を開けると後ろにいた哲郎さんが、東雲さんの前に立つ。東雲さんを抱き上げ、部屋の中に入っていった。俺はどうしたらいいのかわからず、その場に立ち尽くす。
 東雲さんを座敷の奥の一段高くなっている高座へとそっと座らせ、哲郎さんは廊下の方へと戻ってきた。車椅子を折りたたみ、俺に目配せをする。入れと言っているのだろう。それにしても、さっきから何でこの人はしゃべらないのだろうか。
 敷居を跨ぎ、座敷へと上がると哲郎さんが座布団を出してくれた。そこへ正座する。哲郎さんは車椅子を隅へ置くとその近くに腰を下ろした。その近くには、白いワンピースを着た若い女の人が座っている。娘さんだろうか。目礼し、俺は一旦東雲さんへと視線を戻した。


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