類を以て集まる 真っ暗な部屋で、手拍子と不協和音で奏でられる「ハッピーバースデートゥーユー」を聴きながら、秋一は他人事のように感じていた。 親戚や友人を呼んで開かれる誕生日パーティーは今年で5回目だった。従兄弟たちに会えるのは嬉しいが、大人だらけで楽しくないとまだ幼い彼は思うのだ。 キッチンの方からバースデーケーキが運ばれて来る。ケーキの上には5本のロウソク。オレンジ色の火がぼんやりとあたりを照らす。 火消すように母親に言われ、秋一はロウソクの火を吹き消した。パッと部屋が明るくなる。 まばらな拍手と「おめでとう」の声に交ざって部屋の隅で噂話をしているおばさんの声がやけに耳につく。 あれは父方の親戚だったはずだと秋一は盗み見た。 ――あの子、何もないところで一人でしゃべってるらしいわよ。 ――気味が悪いわねえ。 ヒソヒソと話すそれを他人事のように聞き、ケーキが切り分けられるのをぼんやりとみつめる。 物心つくころからこの手の噂はよく耳にした。最初は誰の事を話しているのだろうと首を傾げたものだ。そのうちその「気味の悪いあの子」が自分の事だと気付いた。 噂する人たちは、否、母親すら見えていないと気付くのに、随分と時間が掛かった。 見えるソレは保育園や絵本の中のそれと違って、生きているものと変わらない。正直、秋一自身も未だに生きているものとソレとの区別がついていなかった。 父親は、自分と同じで見えているらしかったが、父親はソレが見えていないかのように振る舞う。父親は秋一に、見えても反応するなと冷たく吐き捨てられた。 秋一はそれに頷くことしか出来ず、どちらか判断がつかないうちは、聞えない振りをするようになった。しかし、秋一のその態度から友人はいない。 ケーキの横には青白い顔をした女の子がいた。女の子はテーブルの上により上げ、切り分けられているケーキを食い入るように見ている。 その女の子を誰も注意しないことから、ソレが生きているものではないと判断出来た。 秋一の分、と取り分けられたケーキが彼の目の前に置かれると女の子が無表情に彼を見つめる。目が合いそうになり、秋一は慌てて視線を落とした。 「ねえ、それちょうだい」 声を掛けられる。秋一は聞えない振りをして生クリームたっぷりのケーキにフォークを入れた。 「ちょうだい!」 耳元で、大きな声を出され思わず顔を顰める。 「やっぱり、みえてるでしょ! ちょうだい!」 癇癪を起こし、少女はテーブルを叩いた。バンバンと音がしているのに、聞えない様子で周りは楽しそうにケーキを食べながら話している。 「森家のぼっちゃん」 後ろから名前を呼ばれた。隣に立つ母親を見ると、声のする方へと顔を向けている。そこでようやく、秋一は身体ごと振る帰った。 目を向けると男が立っていた。男を見上げると長い前髪で目元が隠れ、弧を描く口元が見えている。長く癖のある髪は後ろで束ねていて、着流し姿のその男はどこか胡散臭さがあった。男の隣には、秋一と同年代と思われる男の子がジッと秋一を見つめている。その男の子の後ろに犬の生首が浮いていた。更には、鯉のように大きな金魚が二人の周りをゆっくりと泳いでいる。 「あら、東雲さん。本日はありがとうございます」 秋一が無遠慮に男と男の子に視線をやっていると母親が笑顔を二人に向ける。 「ご招待いただきありがとうございます」 東雲が会釈をすると男の子が真似をするように、会釈をした。そして、秋一へと目を向ける。 「私は、君のお父さんのお友達なんだ。よろしくね。お誕生日おめでとう」 東雲はそう言って、秋一にビー玉を渡す。秋一はそのビー玉を受け取り、人差し指と親指で掴んで、よく見えるように目の高さへと上げる。オレンジ色と茶色が混ざったようなそのビー玉に、光の反射によってテーブルの上の少女が逆さまに映っているのが見えた。 目が離せなくなって、ジッと見ていると女の子がスーッと消えて行った。 慌てて、テーブルの方を見ると確かに女の子は消えている。顔を戻すと東雲が口角を上げて、人差し指を唇に当てていた。 「秘密のお守り」 ボソリと呟かれた言葉に「ああ、この人も見えるのか」と確信し、秋一は頷いた。 [戻る] [しおりを挟む] |