枯れ木に花 2 一応見えなくなるまで、その場で立っていた。見えなくなると気まずく思いながら、引き戸を閉める。娘さんと2人きりで残され、何を話したらいいのかわからない。このまま掃除をすることも可能だが、それではあまりに感じが悪いだろう。 そういえば、彼女の名前を知らなかった、と俺はまず自分の名前を名乗る。 「花子(はなこ)です」 小さな可愛らしい声で、そう彼女は名乗った。そして、また気まずい空気になる。 花子さんは、俺に一礼すると廊下の奥へと消えて行った。彼女には悪いが、ホッとしてしまう。 掃除の最中、何度か視界の端に何かが通った。幻視かもしれないが、ここはお化け屋敷だと言われていた屋敷だ。正直、めっちゃ怖い。 廊下を雑巾で水拭きしている時に、半透明の足が通り過ぎた時は、怖くて泣くかと思った。怖い怖いと思いながら顔を上げると花子さんが歩いてくる。一瞬ドキリとした。この人、気配なく近づいてくるの怖いから止めてほしい。なんて言えるわけもなく、俺は頭を下げる。 花子さんは俺の前までくるとそこへ座る。戸惑う俺に、手に持っていたお盆を俺の前に置いた。そこには、お茶と羊羹とういろうが乗っている。 「休憩してください」 囁くような声で、花子さんは言った。 マジか。やった! 「これ、お客様からいただいたものです。内緒ですよ」 人差し指を口元に当て、花子さんは小さく笑う。その笑顔が可愛らしい。 花子さんは、お盆に乗った布きんを渡してくれる。それは濡れていて、手を拭けということだろう。 「ありがとうございます! いただきます」 頭を下げ、さっそく頂く。羊羹を口に入れると、甘味が口の中に広がった。久しぶりに食べたけど、美味しい。 花子さんは微笑を浮かべて、俺を見ている。正直、食べにくい。 俺を見ていた花子さんが、そっと俺を頭を撫でる え? 戸惑うが、花子さんは何度も頭を撫でる。振り払うことも出来ず、俺はされるがままだ。 「前にも来たことがありましたね。その時はできなかったから」 そう言い、花子さんはようやく俺の頭から手を離した。 食べたらそこに置いたままでいい、と言う花子さんの言葉に頷き、俺はお茶に口を付けた。 掃除を再開し、夢中になってやっていると振り子時計が、ゴーンゴーンと音を鳴らして17時を知らせる。そろそろ帰る支度を始めなければ。 掃除道具を綺麗にして片づけ、俺が玄関までくると、いつの間にかまた花子さんがいた。 お疲れ様です! と頭を下げる。花子さんは微笑を浮かべて手を振る。その日は花子さんに見送られ、俺は屋敷を後にした。 [戻る] [しおりを挟む] |