枷神 時は江戸。 一人の神が地上に降り立った。地上のものに何をするわけもなく、暇潰しに彼は来ていた。 「ここに災いが起こるのは、この土地に神がいないからでしょう」 どこからか聞こえた声に、神は興味が惹かれた。 神は声がした方へと足を向ける。 「いないのなら、ここに神を降ろせばいいのです。私に任せて下さい」 声の主をこっそり見れば、声の主は祈祷師だった。坊主はたくさん農民の前で、祠に手を合わせ、何かを唱え始める。 そして気付けば、神は祠の中にいた。手枷、足枷に繋がれて。暴れるがその枷はビクともしない。 祈祷師は口端を吊り上げ、神を見下ろす。 「放しやがれ!」 暴言を吐くが、祈祷師は聞こえていないのか、はたまた無視をしているのか、知らん顔で農民へと向き直る。 「これで心配はいりません」 祈祷師はそういうと農民からたくさんの金を報酬として貰い、この村から出ていってしまった。 神は喚くが、農民にはそれが聞こえない。 そして時は平成へと移り変わる。 第二次世界大戦前……いわゆる戦前までは、お供えをする人間がいたが、戦後は誰一人として祠にはこない。 だが、その祠の近くには年中一匹のカラスがいて、一輪の彼岸花が咲いていた。 人間にはカラスと彼岸花だが、神には擬人化して見えていた。 「神さん、今日のメシだ」 言ってカラスは祠を開けた。オニギリを口元に持っていく。 痩せ細った神は力なく口を開ける。 ああ、情けない。 「神さん、今日もいい天気ですよ」 彼岸花は祠を覗き、天気を教える。 ああ、情けない。 情けない。 神はいたたまれなくなり、俯く。 ああ、情けない。 2009.10.09 |