螺旋階段 大きな、大きな螺旋階段を少年は上がり始める。何故上がらなければならないのか、少年はわからない。それでも少年はその螺旋階段を上がる。 果てが見えないその螺旋階段をしばらく上がると見知らぬ青年が階段に座っていた。 「どこまで行くの?」 青年は少年を見据えて問う。少年は上を指を差す。 「上がってどうするの?」 青年は問う。少年はわからないと首を横に振る。青年は苦笑する。 「わからないのに行くの?」 青年はまた問う。少年は頷き、また上がる。 「頑張ってね」 青年は手を振って見送る。少年は振り向き、手を振り返す。 また暫く階段を上がるとウェデングドレス姿の花嫁さんが階段に座り、泣いていた。 花嫁さんはドレスを汚れることを気にすることもなく、嗚咽を漏らす。 少年は花嫁さんの近くにしゃがむ。心配そうに顔を覗き込む少年に、花嫁さんは気付いた。 「どうしたんですか?」 少年は問う。花嫁さんは持っていたハンカチで涙と鼻水を拭い、顔を上げる。 「式場に行きたいのに行けないの。上っても、上っても、上っても、ずっと階段なの」 花嫁はそこまで言うとまた泣き出した。拭っても拭っても、それは溢れ出す。 ――このままじゃ結婚できない。 花嫁さんは絶望したように呟く。 励まそうと思った少年は上を見上げて、喉まで来ていた言葉を飲み込んだ。真っ暗だ。果てが見えない。少年はどうすることも出来ずに立ち上がり、ごめんなさいと謝った。そして逃げる階段を駆け上がる。 果ての見えない階段を駆け上がった。 暫くすると今度は老紳士が階段に座っていた。スーツが汚れるのを気にしてなのか、座っている段にはハンカチが敷かれていた。 「こんにちは、少年」 挨拶をされ、少年は会釈をした。老紳士は微笑を浮かべる。優しそうな人だ、と少年は思う。 「なんとなく上り始めたのはいいが、疲れてしまってね」 自嘲する。少年は反応に困りつつも、相槌を打った。 「君は何故上っているんだい?」 「なんとなく、です」 なんとなく、上らなきゃいけない気がするのだ。なんとなく。 そうか、君もか 老紳士は納得したように頷く。それから老紳士は何も言わなくなった。 少年は会釈をするとまた階段を上がる。少しして振り替えると、老紳士は横になっていた。 ああ、死んだんだ 少年はなんとなしにそう思った。そしてまた階段を上る。 今度は少年より幼い少年が横になっていた。 不意に目が合う。幼い少年の目は虚ろだ。濁っている。死んだ魚のような目をしている。幼い少年は少年から目をそらし、どこか遠くを見た。 話し掛けてはいけない。少年は思うとまた歩き出した。 ついに少年は階段を上り終えた。 息を整えるまで膝に手を付いていた少年は顔を上げる。 そこには重く閉じられた扉があった。少年はそれをゆっくり開ける。生温い風が少年を撫でる。 「何だコレ」 扉を開けると何もなかった。正確には外には出られたが、扉の先に床がないのだ。青い空が広がる。下には白い雲が見受けられる。 何なんだ、コレは。こんなもののために上ってきたんじゃない。 そこまで考えて、少年は顔を歪めた。考え直す。 そもそも何のために上ったんだ?なんとなく、じゃなかったか? 不意に背中をつつかれる。 少年は不本意にも肩を揺らしてしまった。 ゆっくりと首だけで振り返ると小さな少女が立っていた。少女は少年を見上げてくる。 「どうし、」 「早く落ちたらどうなの?」 少女は少年の言葉を遮り、言った。少年は頭が真っ白になる。 「早く」 歌うように言われ――いや、命じられた。 少年は足元を、下を見つめる。 少女が溜め息を吐いたのを背後に感じた瞬間、背中をとても小さな少女とは思えない強さで押された。身体が浮遊感に襲われる。 死にたくない 少年は無意識にくちばしった。 堕ちる中、意識が朦朧としてきた。まどろみの中、少年が見たのは『自殺願望者の塔』と刻まれた文字だった。 2009.07.14 |