恋情恋慕 | ナノ




 コンビニでお互い好きな酒を買って並んで歩く。
 街から狭い道に入り、そこをずっと行くと現れた平屋の一戸建て。
「ここです」
 八神くんに言われ、え? と声が出た。
「実家?」
 親御さんと一緒に住んでいたら、困る。
「いえ。一人暮らしです。中古で安かったんで、ローン組んで、買いました」
 若いのに一軒家買っちゃったのか。
 住宅街から少し離れたそこに、八神くんは独り暮らししているわけだ。
 お家を眺めた後、八神くんを盗み見る。無表情な顔からは、何も読み取れない。
「じゃあ、お邪魔しまーす」
 俺が軽く言うと八神くんが慌て鍵を開けた。
 ガラガラと音を立て、玄関のガラス戸が開く。
 勧められたスリッパを履いて、八神くんの後に続いた。
 奥に行くにつれ、懐かしい匂いがする。
「これ、墨の匂い?」
 俺が聞くと八神くんは頷き、スンスンと空気の匂いを嗅いだ。
「うちで、書道教室やってるんです。近所の子供に、教えてるんです」
 少し照れ臭そうに、それでも誇らしそうに、八神くんは言う。
 そう言えば、自己紹介の時に「一応、書家をしてます」とか言ってたっけか。
「そこが居間なんで、座っててください。ツマミ用意します」
 言って、八神くんは台所に向かう。
 居間に行こうとしたとたん、ゴッと鈍い音がした。びっくりして振り返れば、八神くんが頭を抱えてしゃがみこんでいる。
 どうやら、頭を打ったらしい。そもそも八神くんの身長に、この家は低いんじゃないかな。部屋の出入口や天井照明に頭をぶつけそうだ。
「八神くん、大丈夫?」
 覗き込むように、八神くんの前にしゃがむ。
 手によって、くしゃくしゃになった髪の毛の隙間から、目元が見えた。目付きの鋭いそれが、涙目になっている。
「ほら、冷やしなよ」
 買ってきた酒の缶を額に当てる。
「いたいのいたいのとんでけ」
 ぶつけたであろう、コブが出来てるところを軽く擦り、ポイッと空中に捨てる。それを二度繰り返したところで――あ、と気付いた。
「ごめん。いつもの癖で!」
 案の定、八神くんはポカンと俺を見ている。
「保育士だから、怪我した子供によく……いや、八神くんが子供って言ってるわけじゃなくて」
 言い訳するように言ったが、これでは余計八神くんが子供みたいって言ってるみたいだ。
「職業病って、やつですかね。ありがとうございます。もう、痛くないです」
 気を使わせたような気がして、いたたまれない。
「つまみ、用意しますね」
 言って、八神くんは台所に立つ。俺も居間へと向かった。
 居間には、コタツが出ている。
 まだまだ寒いからね。

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