僕は父親を見るとムラムラします2 悶々とした日々を過ごしていたある日。 今夜は会社の飲み会に参加するらしい。 精神の平穏が保たれている今の内に、勉強を進めなければ! と机に向かう。 ガタン、と扉の閉まる音で集中が切れた。時計を見れば、23時を回っている。 「おかえり」 自室から顔を出し、帰ってきた親父を迎える。 「ただいま」 困ったように笑う親父の横には、酔っ払いが肩を借りていた。 手を貸すために近付けば、アルコールの臭いが鼻につく。 反対の腕を取り、肩を貸した。 呂律の回っていない謝罪が聞こえる。チラリと横顔を見れば、親父より若そうだ。部下だろうか。 客間に通して、布団を敷いてそこに寝かせた。 ネクタイを緩める。シワになるからYシャツも脱がしたいが、流石にそれは憚られた。 枕元にミネラルウォーターを置き、俺と親父は客間を後にする。 「ごめんね。ありがとう」 アルコールの臭いをさせた親父が、ネクタイを解きながら謝る。眉が八の字に下がった。 俺は指先に集中しそうな視線をひたすら眉間に向ける。穴が空くくらい見つめる。 「じゃあ、俺も寝るね。朝食、彼の分もお願いします」 茶化すように敬礼する親父に、ハイハイ、と返して自室に戻った。 ベッドに飛び込んでさっきの親父を思い出す。悶々とする頭を振り、布団を頭から被った。 けたたましい電子音で目を覚ます。ケータイのアラームだ。悶々としている内に寝てしまったらしい。ご丁寧に夢精してくれた辺り、煩悩とやらは消えてはくれなかったか。 悟ればいいのか。畜生。 3人分の朝食を準備しに台所に向かう途中、客間から顔を出している人がいた。昨日の酔っ払い部下さんだ。 俺を見るなり目を見開き、会釈してきた。俺も会釈を返す。 「おはようございます」 多分2日酔いだろうから頭に響かないようなトーンで挨拶をする。 部下さんもキョトンとしたまま挨拶を返して来た。「あーえっと、もしかして部長の息子さん、ですか?」 頭を押さえ、部下さんは言う。 「父がいつもお世話になってます」 「いえいえ。お父様にはいつもご迷惑ばかり掛けて……本当にお世話になってます」 頭に響くだろうに、部下さんは思いっきり頭を下げる。土下座しかねない、勢いに俺は苦笑した。 社交辞令もそこそこに、部下さんには部屋で待ってもらって台所に立つ。 今日のメニューは、しじみの味噌汁と焼き魚、梅干しをのせた白米にした。焼き魚には、もちろん大根おろしを添える。 テーブルに全て並べたところで、親父を起こしに向かった。――が、部屋にはいない。いつの間に起きたのか。気づかなかった。 部下さんのところだろうか。 客間に向かうと声が聞こえた。やっぱり、親父もいるらしい。 「――あなたが好きなんです!」 声を掛けようとして、止める。 好き――とは、何事だろうか。何があってそんな事を言っているのか判らず、襖を開けられない。 「ありがとう」 親父の言葉に、声が漏れそうになる。口許に手を当てた。 「ごめんね。君の気持ちは答えられない。他に好きな人がいるんだ」 ドキリ、と心臓が騒がしく悲鳴を上げる。 親父が母の仏壇に向かって話し掛ける姿が、頭を過った。 「誰か、聞いてもいいですか」 部下さんは解っているのかもしれない。それでも、彼は聞こうとしている。 「うん。妻が、妻のことが好きなんだ」 懐かしむように、親父は言った。見なくても、親父の表情がわかる。 きっと目を細めて、口許は柔らかく緩んでるんでいるんだろう。 一拍置いて、襖を開けた。 「朝食、できたぞ」 それだけ言って、何も見ずに台所に行こうとして俺は固まった。 部下さんが、親父を押し倒している。 「あ」 親父も部下さんも間抜けな顔をしている。 は? え? 「何やってんの」 え? その状態で好きですとか妻が好きなんだ、とか言っていたのか。 てか離れろよオイ。 「えーっと」 部下さんは頬を掻きながらようやく、親父の上から退いた。 親父も立ち上がる。 「さぁ、ご飯食べよう」 親父は何事もなかったかのように、リビングへ向かった。 俺と部下さんは取り残され、顔を見合わせる。 「早くおいでよー」 リビングの方から親父が俺達を呼ぶ。 「今行くよ」 俺が歩き出すと部下さんも後ろをついてきた。 どうにも敵いそうにない。 2013.06.16 父の日記念 ← |