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母の日記念1

 蝉の声が、耳にぐわんぐわんと響き、耳鳴りがする。
 じっとりと汗を掻いた肌を――手を慎司(しんじ)は母親に牽かれていた。
 ズンズンと先を進む母に引っ張られ、母と手を繋いだのは、いつ振りだろうと彼は考える。もう10年以上は繋いでなかった気がした。もう高校2年生なのだから当たり前だ。
 気恥ずかしくて、離して欲しい思いはあるが、母親の有無を言わせぬ態度に、慎司は振りほどけないでいた。
 慎司の住む町も元々田舎だが、ここは更に田舎だ。山が近く、田んぼと畑しかない。後はポツポツと家があるくらいだった。
 無言で歩く彼らは、そのうちに小さな民家へと入っていく。彼の伯母の家だ。玄関先で出迎えてくれた伯母は、彼の記憶より皺が増えたように思う。雰囲気は全然変わっていなかった。咥え煙草。白のタンクトップから覗く谷間。ジーンズ生地のショートパンツ。長い髪はポニーテイルにしている。昔から彼女はこんな格好をしていた。胸は大きいが、その雰囲気はおっさんのようだ。
「いらっしゃい」
 煙草を咥えたまま、彼女は言った。咥えたままだった煙草が上下に動き、灰が床に落ちる。
 彼はこれから、夏休みの間、ここで過ごさなければならない。夏休み前の試験で、成績がイマイチだった彼を勉強が集中できるようにと母親が考えた結果だった。現代っ子である彼にとったら何も無い、この田舎に閉じ込めて、無理矢理にでも勉強をさせるのだ。ゲームの持参は許されず、携帯電話はすでに取り上げられたので、実質彼には勉強しかない。
 慎司は母親に聞えないように、溜め息をつく。いくら来年受験生だとは言え、ここまでするか? と彼は内心悪態を吐いた。それを口にしたら2倍3倍と言葉の応酬が待っているので、もちろん口にはしない。
 母親は姉である彼女と一言二言会話をすると、頑張りなさいね、と慎司に言い残して踵を返して行った。
「ほら、上がんなよ」
 顎で上がるように促し、彼女は言った。慎司はそれに従い、一言断って家へと上がる。
 おいで、と手招きされ、彼女について行く。ズンズン進む彼女の後ろ姿に、ああ姉妹なんだな、と慎司は思った。
 突き当たりの部屋に案内され、自由に使っていい、と言う。
 部屋には箱状の網が天井からぶら下がっていた。蚊帳だ。その中に畳まれた布団と小さな机、近くには蚊取り線香が置かれている。
「蚊がいると集中できないと思って、準備しておいたけど、鬱陶しいか?」
 煙を上へ吐き出し、彼女は言った。慎司は首を横に振り、部屋を改めて見る。箱型のそれは、まるで籠のように見えた。
「何かあったら呼んで」
 彼女はそれだけ言い、向かいの部屋に消えていった。
 慎司は溜め息を吐き、蚊帳に入る。
 まずは夏休みに出された、大量の課題から片付けることにした。




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