黄桜と黒の振袖1 庭に咲く、一本の桜。緑色の花を咲かせている。その中には、中心がピンク色に染まっているモノもあった。この桜は、御衣黄(ぎょいこう)というらしい。 父が自慢げに、何度もそう言っていた。綺麗だとは思うが、花に興味はない。小さい頃はそうして話し半分に聞いていた。 そんな俺が、今はその桜を肴にして、縁側で酒を飲んでいる。それを不思議に思い、口が緩んだ。 「どうか、なさいましたか。何故、笑われているのですか」 笑ったのを見咎められる。斜め後ろで座っている部下が、不機嫌そうな口調で、問うた。 俺は彼の方に身体ごと向き、彼を見た。 黒の振袖を無理矢理着せられ、納得がいかないのだろう。帯が苦しいのか、何度もそこを擦っている。 それが、結婚式に着るものだと知ったら、殴られるだろうか。その昔、振り袖は、若い未婚の女性――つまり処女が着るものだと知ったら――……。 どっからどう見ても、男にしか見えない彼に、どうしても着て欲しかった。まだ、処女である彼に、着て欲しかったのだ。 「この桜、父が好きだったなと思い出していたんだ」 お前を笑ったわけではない、と暗に言う。彼は桜に目を向け、そうですか、と返して目を伏せた。 「お前は、飲まないのか」 お猪口を渡し、酒を勧める。彼はそれを受け取り、頂きます、と酒を呷った。 酒を注いでやろうと徳利を持って、彼の方に近づく。ビクリと彼の肩が、大袈裟なほど震えた。 「緊張しているのか」 無意識に口元がつり上がるのをそのままに、彼を上から下まで無遠慮に見る。彼は居心地悪そうに、身動いだ。 俺から徳利を引ったくり、彼は徳利のまま酒を煽った。そのまま立ち上がり、俺を見下ろす。 「専務、あんまり飲むと使いもんになりませんよ」 役職名を強調するように言い、彼は酒で濡れた唇を舐める。フッと唇は弧を描いた。 彼は、俺の膝の上に乗り、首に腕を回される。緩慢な動きで顔が近付き、唇を舐められた。誘うような仕草に、俺は苦笑して背中に手を回す。 → ← |