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サドル


 もう見慣れてしまったその光景に、平澤優人(ひらさわゆうと)は顔を顰める。
 隣で腹を抱えて笑う友人の原口拓真(はらぐちたくま)を軽く蹴り、自転車に近付いた。サドルだったはずの所には、太めのきゅうりが嵌め込まれている。サドルが野菜や花に代わる事件は、もう何度も続いている。
 最初は、ブロッコリーだった。その次はカリフラワー。次にナス。そして、向日葵――。花だった時は、花瓶のように水が入っている。
「きゅうりとか、反則だろ」
 ヒィヒィ、涙を浮かべ笑いながら言う原口を平澤は睨むが、全く効果はないようだ。
「うるせぇ、口閉じろ」
 不機嫌そうな顔を更に顰め、言うと原口は漸く笑うのを止めた。笑うのを堪えるように口元を押さえる。
 きゅうりを穴から抜き、それを何も入っていない鞄に入れた。ブフッと後ろから聞こえたので、後ろを一瞥し自転車のカゴに鞄を入れる。
「律儀に持ち帰っちゃうんだもんなー」
 隣に置いてあった自転車に原口も鞄を入れ、笑いを堪えながら言う。平澤はそれを睨み付け、うるせぇと返す。
「まぁ、でもさ、よくやるよね。ある意味ソンケーしちゃうわ」
「あ?」
 原口の言葉に平澤は、眉を顰める。
 尊敬とはなんだ。
「いや、だってさ。タッパあって顔面凶器で、ヤバイ噂たくさんあるやつにこんなことすんだよ? スゴくね?」
 原口が言うように、平澤は長身で見る人を怯えさせる強面の持ち主だった。その見た目を裏切らず、所謂不良なんて呼ばれるようなことをしている。
「ほら、ある意味ソンケーしちゃうでしょ?」
 同意を求めるように、原口は顔を覗き込んできた。平澤はそれに舌打ちし、自転車をひく。
「ねーよ」
 吐き捨てるように言う平澤を原口は慌てて追い掛けた。



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